「完全版 チェルノブイリの祈り」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著 松本妙子訳

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 東日本大震災から10年。福島の原発事故が発覚した直後、チェルノブイリの事故とはレベルが違うので安心するようにとの言説があったが、その後、チェルノブイリと同等のレベル7に引き上げられ、改めて事故の深刻さを突きつけられた。チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年4月26日。本書は2015年にノーベル文学賞を受賞した著者が、事故から10年経った時点で事故に遭遇した人々の声を集めた証言集。98年に邦訳された旧版の約1・7倍を増補した「完全版」だ。

「なにをお話しすればいいのかわかりません……わたしは結婚したばかりでした」と語り始めるのは事故後すぐに現場に駆けつけた消防士の妻。普通の火事と思って軽装で出かけた夫は数時間後病院に運ばれていた。町はガスマスクをつけた軍人や軍用車で埋まり、道路は白い粉で洗われていた。

 ようやく夫に会えるが、一緒に現場へ行った仲間たちが次々に亡くなり、夫も日に日に容体が悪化。しかも彼女は妊娠中だった。周囲は彼女を夫に近づけないようにするが、その死まで夫のそばに居続ける。そのときの悲痛な思いが延々と語られていく。

 この独白に始まり、目の前の事態にただ手をこまねくしかない心理学者、自らの行動に疑問を抱きながらも淡々と任務を遂行していく兵士たち、障害を持って生まれた娘への複雑な思いを吐露する母親、チェルノブイリ出身だと知られて差別を受ける少女、処分されていく動物たちを助けられなかったという悔恨を述べる映画カメラマン、事故を起こしたのはCIAと民主主義者だと毒づくソビエト政権擁護者など多様な声が収められ、最後に事故処理作業員の夫を亡くした妻の独白で締めくくられる。

 チェルノブイリの子どもたちの支援活動をしている女性は「チェルノブイリはすでに歴史です」と語る。しかし同時に仕事でもあり日常生活でもある、と。同じく10年を経過した東日本大震災も、「歴史」へ追いやることなく、その意味をこれからも問い続けていかなければならないだろう。 <狸>

(岩波書店 3300円+税)

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