「明日も、森のどこかで」上田大作著

公開日: 更新日:

「明日も、森のどこかで」上田大作著

 写真や映像を独学で学んだ著者は、20代後半で会社を辞め、以来20年にわたって北海道の野生動物を記録し続けてきた。その撮影スタイルは、可能な限り生息地に自分も滞在し、彼らが暮らす環境になじみながら、長い時間をかけて観察するというもの。そのため、多い年には年間250泊以上も車やテントに寝泊まりしながら撮影に臨んでいるという。

 本書は、そうして撮影した写真とともに、被写体となった生き物たちとの思い出をつづったフォトエッセー。

 2009年8月上旬のある早朝、4年越しの夢をかなえるために、氏は10日分の食料とテントを詰め込み重さ30キロにもなったザックを背負って大雪山系の白雲岳にある避難小屋を目指す。

 思い描く理想的なヒグマの写真を撮影するには、天候、忍耐、そして運のすべての条件がそろわなければ難しい。

 目的地の白雲小屋が近づくと、広がる雪渓近くのハイマツの茂みから生まれたばかりの2頭の子グマを連れた親グマが出てきた。管理人によると小屋の周辺に親子グマが現れたのはおよそ30年ぶりだという。

 翌日、撮影機材を担いで再び登ると、親子がまた現れた。母グマは強い日差しに耐えかねたのか雪渓の上でうつぶせになり、子グマたちはそのそばで無邪気に遊びはじめる。しかし、その日の夕方から天候不順が続き、1週間親子は姿を見せなくなった。その姿を求めて高根ケ原まで行くと、10頭ほどのヒグマがいたが、その中にも親子はいなかった。

 数日後、10日ぶりに親子が姿を見せた。やがて、親子は1週間ほどの周期で、小屋の周辺に現れることがわかり、子グマたちの成長ぶりを見守る日が続く。

 紅葉シーズンに入ったある日、わずか10メートルほど離れたハイマツの茂みから突然親子グマが現れた。動けず立ち尽くす氏は、平然とした表情でチングルマの花畑へと下っていく母グマから「あなたのこと、いつも見ているよ」と語りかけられたように感じたという。

 数日後、母グマが草地に腰を下ろすと子グマたちがその胸に飛び込み授乳が始まった。その間、たった数分だったが壮大なスケールの映画を見たように長く濃い時間に感じられ、言葉にならないほど多くの感情が湧き上がってきたそうだ。その写真からも厳しい自然の中で子育てをする母グマの惜しみない愛情が伝わってくる。

 以降、知床連山の山麓の高原で出会った雌のエゾシカの出産から子育て、そして越冬まで追った記録や、奥深い森林に生息するクマゲラの営巣、そして海辺近くの森で子育てをするキタキツネなど。

 まさに彼らが暮らす大自然の懐に飛び込み、心を通わせ撮影した珠玉の作品と、その出会いのドラマを記録する。

 森のにおいや風の音、そして動物たちの息遣いまで感じられる一冊だ。

 (閑人堂 2970円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • BOOKSのアクセスランキング

  1. 1

    「最後の幕臣 小栗忠順 挫けども、折れず」増田晶文氏 非業の運命をたどった“ラスト・サムライ”の生涯を描いた1冊

  2. 2

    「芝浦屠場千夜一夜」山脇史子氏

  3. 3

    「人手不足」なのに仕事探しに四苦八苦「年金だけじゃ生活できない!『定年バイト』奮戦記」林山翔平著

  4. 4

    「新しい戦中」に突き進んでいかないためにはどうしたらいいのか──「一寸先は闇」五木寛之、佐藤優著

  5. 5

    タイムトラベル専門書店 utouto(板橋・志村坂上)古い門をくぐった先に現れる築110年の蔵を改装した店舗

  1. 6

    失敗にめげずニコニコの精神が成長の原動力に「発達障害の私だからこそ、成功できた」似鳥昭雄著/祥伝社(選者:稲垣えみ子)

  2. 7

    茨木のり子にいわさきちひろ…それぞれの生き方を貫いた女性たちが建てた家「女性が建てた家と間取り」田中厚子、松下希和著

  3. 8

    竹内薫(サイエンス作家)鈴木光司さん、またいつか宇宙と時空の神秘を語り合おう

  4. 9

    状況が変わってきた自転車をめぐる混乱を研究者が解説「『自転車』はどこに向かうのか」疋田智著

  5. 10

    「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく「異境のフロイト」上尾真道著

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    佐野勇斗は書道六段で英語も堪能 愛知県立岡崎西高校から明治学院大英文学科へ

  2. 2

    巨人・橋上秀樹監督代行とは何者か…原辰徳氏には干され、阿部監督が心酔した“野村ID野球”の継承者

  3. 3

    ゾンビたばこ羽月隆太郎「共犯者暴露」の大きすぎる波紋…広島・新井監督の進退問題にまで飛び火か

  4. 4

    最重鎮OB廣岡達朗氏が巨人を一刀両断「野村克也の教え子がシーズン終了まで代行なんて冗談じゃない」

  5. 5

    絶好調!巨人・阿部慎之助を支える最強あげまんグラドル小泉麻耶

  1. 6

    バレーSVリーグに現役選手から不満爆発!《ハテナがつく事ばかり》の現状招いた真犯人

  2. 7

    (1)阿部監督の暴行事件は巨人にとって“渡りに船”だったか…異様に早い「解任判断」の裏側

  3. 8

    広島羽月 お立ち台で見せた初々しい“坊主頭”の意外な理由

  4. 9

    (2)阿部監督「長女の手紙」で潮目一変…巨人が“事件矮小化”を手引きしたのか

  5. 10

    (3)巨人の次期監督は誰か…松井秀喜氏、桑田真澄氏より“現実味”帯びる原辰徳氏の4度目登板