「山の時刻」小林百合子著 野川かさね写真

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「山の時刻」小林百合子著 野川かさね写真

 20代のころからよく一緒に山を歩いてきた編集者と写真家がコラボしたフォトエッセー。

 写真家がこれまでに撮影した山の風景の中から特に心に残った129枚の作品を選び、編集者がその写真から思い起こされる出来事をつづる。

 長い間、春を告げるのは桜の花だと思っていたが、山を歩くようになって、春というのは何度も訪れるものだと知ったと編集者は言う。

 同じ花でも標高や立地によって開花するタイミングが違い、気温や気象条件によっても変わる。だから早春から初夏にかけて、いつ、どんな山を歩いても必ず小さな春に出くわす。

 春の花の中でもとりわけスミレが好きな写真家は、3月に入ると、多くの種類のスミレが咲く東京の高尾山に出かけては、登山道わきにはいつくばるようにしてその写真を撮る。

 種類に頓着することなく、偶然山道であったスミレに挨拶するように顔をぎりぎりまで近づけてファインダーをのぞいているという。

 あるとき、なぜそこまでスミレが好きなのかと問うと、「長い冬の間、土の中でじっと春を待っていたのかと思うと、胸打たれる」と返ってきた。

 同じように人にはそれぞれに春を迎える瞬間があり、それは生きている間で何度も変わっていくと、編集者は長年暮らした東京を離れ、北海道道東の小さな町に居を移した経緯を語る。

 その町で最初に春の訪れを告げるのはハクチョウだ。前秋に飛来したハクチョウが育った子どもたちを連れてシベリアへと大きな声を残して旅立っていくからだ。

 春をテーマにしたそのエッセーの前には、春の山で撮影された写真に、それにまつわる小文が添えられる。

 例えば雪をかぶった猿麻桛(樹木の皮などに付着して垂れ下がる糸状の地衣類=写真①)の写真に、木々がまとう羽衣のようなその存在を知ることによって雨の山を好きになったと編集者は打ち明ける。

 ほかにも、山小屋で供される厚切りトーストの写真には「春の炉」(春になってもまだ焚かれている炉)と題してなじみの山小屋での思い出を、生き物の気配がほとんど感じられない残雪の森で、そこに確かに生命の営みがある、あるいはあったのだと知ることができる「古巣」(使わなくなった鳥の巣)、そして雪の状態に合わせて歩き方を変えるので登山そのものを楽しんでいるという実感が得られるという「堅雪」(春になってとけかけた雪が夜間の冷えで凍り、硬くなった状態=表紙写真)など。

 春に続いて、夏(写真②=「表銀座」)、秋(写真③=「山小屋」)、冬へと季節によって表情を変える山の風景の写真と小文、そして季節ごとに添えられる長文エッセーで構成。

 どこからページを開いても、そこから山の空気が感じられる。

 山には「自分の周囲に流れている時間とはまた違う」、山の時間が流れているという。街に居ながらにして、そんな山の時間に読者を浸らせてくれる一冊だ。

(パイ インターナショナル 2178円)


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