倉本昌弘さん(4)ポパイと呼ばれた筋肉はスロートレーニングで身に付けた
プレーヤーとしてのピークは35~40歳といわれていた
──そんな倉本さんですが、37歳のときにジャパンゴルフツアー選手会の会長になられた。以後、いわゆる公職が増えていきますね。これはどういう動機なんですか?
「私の世代はバブルも含めていい思いをしてるんです。何十年かたったときに、倉本さんや青木さん、中嶋さん、尾崎さんはいいよね。あの人たちは自分だけいい思いをして何も残してくれなかったと言われるのがものすごく嫌だったんです。だから、30年、40年先の若者に何か残してあげようと」
──倉本さんはアメリカにも留学されてますよね。
「向こうのシステムは素晴らしいですね。それを日本にも取り入れたいというのも動機でした」
──実力差はどうですか?
「アメリカの学生の試合にも出ましたが、ほとんどレベルは変わりませんでした」
──今は差がつきましたか。
「そうですね。当時は道具が粗末だったんで、成績においてテクニックが占める部分が多かったんですね。いまは道具がいいから、テクニックのウエートは少なくなった。体が大きくて力があればうまくいっちゃう」
──そういうことなんですね。
「僕の頃は身長170センチから175センチがゴルフにベストで、プレーヤーとしてのピークは35から40歳といわれていました。いまは190センチがベスト身長で、ピークは25歳から30歳といわれています」
◇ ◇ ◇
倉本さんのお話を伺っていると、驚くことの連続です。倉本さんは45歳のときに心臓弁膜症の手術をされました。現在も不整脈に気を付けています。不整脈は脳梗塞につながるリスクがあります。そんな中、シニアとはいえ、現役でプレーを続けられるのは簡単なことではないでしょう。しかし、現役でプレーしているからこそ、慎重な身体管理ができているのだと思います。ここが筋肉革命95で80歳でも8割就労を提案する理由です。加えて自分の成績よりもゴルフ界のため、後輩のために汗を流す。ゴルフはがむしゃらに勝とうとするのではなく、むしろ楽しむ。こうした生きざまそのものが倉本さんの健康を支えているのだと思いました。
▽倉本昌弘(くらもと・まさひろ)1955年9月生まれ。日本アマ3勝などアマタイトルを総なめにした後プロへ。全英オープン4位、日本ツアーでは30勝。選手会長、プロゴルフ協会会長など公職も務め、今もシニアで活躍中。



















