弘兼憲史さん<1>初任給4万1000円が入社3年目には11万2500円

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 1970年に松下電器産業(現・パナソニック)に入ってまず驚いたのは、月給の上がり方でした。1年目の初任給が4万1000円、半分の2万円を社内預金に回しました。これが2年目になると8万円に跳ね上がり、3年目は11万2500円。3年で3倍というのですから、今の時代では考えられない。

 ところが、早稲田大学の同期で日本生命とか伊勢丹に行ったやつに聞いたら、僕より年収が100万円も多かった。

 子供の頃から絵が得意で、夢は漫画家になることでした。とはいえ、漫画家は特殊な職業だから、なりたいからなれるというものでもない。小学生の頃に見たドラマ「事件記者」(NHK)に憧れ、新聞記者になろうと早稲田大学の法学部に進学しました。下宿は岩陽学舎という寮に入りました。

 旧岩国藩主が郷里の学生のために建てた寮で、当時は岸信介さんが責任者。よくお世話になったものです。

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