長嶋茂雄さんの衝撃的な偏食ぶり…スイカとメロンの真ん中の部分だけを食い散らかしていた
元巨人寮長の樋沢良信氏による「寮長が見た巨人軍」(第12回=2011年)を再公開
“燃える男”、“ミスター”の愛称で国民的人気を誇ったプロ野球元巨人監督の長嶋茂雄さんが6月3日、都内の病院で肺炎のために亡くなった。享年89。選手、監督として数々の伝説、逸話を残した「ミスタープロ野球」は、身近に接した者すべてにそれぞれの「長嶋茂雄像」を強く印象づけてもいる。日刊ゲンダイの連載で多くの球界OBが語ってきたその実像を再構成して緊急公開する。
今回は巨人での現役引退後はスカウトやチーフスコアラー、寮長などを歴任した樋沢良信氏による「寮長が見た巨人軍」(第12回=2011年)を再公開。本文中の年齢・肩書きなどは当時のまま。
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長嶋監督という人は、常にファンの視線を意識していた。
忘れられないのが、2000年春の宮崎キャンプ。FAで広島から獲得した江藤智(現巨人コーチ)に背番号「33」を譲り、自らは現役時代の背番号だった永久欠番の「3」をつけた年。スポーツ紙のキャンプの話題は「長嶋監督がいつ、背番号3を披露するのか」とこれ一色だった。そんなマスコミとファンをじらすように、長嶋さんは一向にグラウンドコートを脱がない。やっとお披露目したのが、キャンプインして11日目。私にはこの日だと予感があった。