名球会入りした名選手の中で、新井貴浩ほど練習を積んだ選手がいただろうか
内田順三氏による「巨人広島名伯楽の作る育てる生かす」(第20回=2020年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。当事者だからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係──。
今回は広島の現監督・新井貴浩氏について綴られた、内田順三氏による「巨人広島名伯楽の作る育てる生かす」(第20回=2020年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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「どうしても結果が出ません。4番を外してください」
新井貴浩が一軍の打撃コーチだった私のところにやってきた。
2003年、金本知憲が阪神にFA移籍後、4番に座った新井は、精神的支柱だった兄貴分が抜け、この年は打率.236、19本塁打と低迷。当時26歳だった新井の将来性を見込んで辛抱強く起用した山本浩二監督は、シーズン中に新井と私を監督室に呼び、こう励ました。
「オレも27歳からブレークした。それまではそこそこの数字しか出していなかった。おまえはまだ26歳なんだから、もう一回頑張ってみろ。今が踏ん張りどころや」


















