情動的な共感が倫理的な判断を誤らせる

公開日: 更新日:

「反共感論」ポール・ブルーム著、高橋洋訳

 私は共感に反対する。本書の目的の一つは、読者も共感に反対するよう説得することだ――。

 のっけからなんとも過激な言葉が飛び出てくる。共感とは他者の立場に身を置いたり、他者の苦痛を我がことのように感じることであり、そのどこが悪いのか? 事実、「共感力を高めるための○○」「人を動かす共感力」など、共感力は不可欠なコミュニケーション・ツールと考えられている。そうした趨勢に異を唱える著者の真意は? なんとも興味を引かれる。

 本書で論じられているのは、我々の道徳的な判断や行動力は、共感の強い力によって形作られるところが多く、そのせいで社会的状況が悪化することがままある、ということだ。たとえば、致命的な病気にかかり、苦痛を緩和するための治療を受ける順番を待つ10歳の少女がどのように感じるかを想像してみるように促され、もしあなたが待機リストの先頭に割り込ませる権限を持っていたらと尋ねられると、多くの人はその権限を行使すると答える。たとえそのせいで優先されるべき他の子供たちが後回しになったとしても。

 ここで重要なのは、人が共感できるのは「全人類」といった広範なものではなく、スポットライトを当てられた局所的な範囲に限られるということだ。自分で直接目にしたり耳にしたことには強い共感を覚えるが、その枠外にあるものには目がいかない。そうした情動的な共感はしばしば倫理的な判断を誤らせ、時に枠外の他者に対して強い敵意をもたらすことがある。

 SNSでの「いいね!」などは、まさに仲間内の情動的共感力に支えられたもので、そこに冷静な倫理的判断が入り込む余地はないように思える。共感力礼賛の現在、批判覚悟であえて言挙げた本書から酌むべきことは多い。 <狸>(白揚社 2600円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    福原愛が再婚&オメデタも世論は冷ややか…再燃する「W不倫疑惑」と略奪愛報道の“後始末”

  2. 2

    「年賀状じまい」宣言は失礼になる? SNS《正月早々、気分が悪い》の心理と伝え方の正解

  3. 3

    「五十年目の俺たちの旅」最新映画が公開 “オメダ“役の田中健を直撃 「これで終わってもいいと思えるくらいの作品」

  4. 4

    放送100年特集ドラマ「火星の女王」(NHK)はNetflixの向こうを貼るとんでもないSFドラマ

  5. 5

    国民民主党・玉木代表「ミッション・コンプリート」発言が大炎上→陳謝のお粗末…「年収の壁」引き上げも減税額がショボすぎる!

  1. 6

    どこよりも早い2026年国内女子ゴルフ大予想 女王候補5人の前に立ちはだかるのはこの選手

  2. 7

    出家否定も 新木優子「幸福の科学」カミングアウトの波紋

  3. 8

    「M-1グランプリ2025」超ダークホースの「たくろう」が初の決勝進出で圧勝したワケ

  4. 9

    「核兵器保有すべき」放言の高市首相側近は何者なのか? 官房長官は火消しに躍起も辞任は不可避

  5. 10

    楽天が変えたい「18番は田中将大」の印象…マエケンに積極譲渡で“背番号ロンダリング”図る