「この星は、私の星じゃない」田中美津著

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 ウーマンリブを牽引したカリスマ的存在として活躍していた著者は1975年にメキシコに渡り帰国後、鍼灸師となる。「あの田中美津が鍼灸師になったんだって」と戸惑いと驚きを含んだ話が伝わってきたのを覚えている。しかし、リブと鍼灸師は矛盾することなく一人の人間の中でしっかりとつながっていることが、本書を読むとよくわかる。

 著者が「ガラガラっと世界が壊れた」というしかない体験がこれまでの人生で2回あるという。1つは5歳の時に起きたチャイルド・セクシュアルアビューズ。この体験は「なぜ私だけ……」という煩悶を生み、生き延びるために生み出したのが「この星は、私の星じゃない」という諦念だった。もう1つは72年の連合赤軍による虐殺。そこで「正義は我らの側にある。世界は変えられる」という思いが壊れてしまう。そこから立ち上がっていく過程で出合ったのがリブであり、鍼灸を通じてのからだとの対話だったのだ。ユニークなのは、リブ運動の初期に、マスコミから取材を受けて、本当は27歳だったのに26歳とサバを読んでしまったのだが、あれでいいんだ、リブという掲げた理想とサバを読んでしまった現実の自分との距離を、1歳のごまかしとして見ていけばいいんだと納得する思考の柔らかさだ。平たくいえば「嫌な男からお尻を触られたくない」自分と、「好きな男が触りたいと思うお尻がほしい」自分を同じくらい大事にすること。

 本書にはここ10年ほどの間に発表された文章や対話、往復書簡などが収められているが、「自分のぐるり」と「からだ」という言葉が頻出する。身近な周囲のことから出発して、頭ではなくからだで感じることを第一義に考えるというスタイルが一貫している。今秋、同名のドキュメンタリー映画が公開の予定という。 <狸>

(岩波書店 2400円+税)

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