志川節子(作家)

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9月×日 野村進著「出雲世界紀行 生きているアジア、神々の祝祭」(新潮社 781円)が手許に届く。文庫解説を書かせていただいたのは、本書が初めて。

 我が出身地、島根県浜田市は石見神楽の盛んなところ。男児のいる家にはたいてい神楽の小道具があり、子供たちは“舞ごっこ”に興じて育つ。若い頃からアジアを広く見聞してきた野村氏が、その石見神楽との出会いを起点に、出雲や境港をめぐる旅へ出る。出雲とバリ島に共通点を見出したり、昨今の若い女性を中心とする神社ブームを取り上げ、何が彼女らの心に訴えるのかと思いを馳せたり。水木しげるロードに秘められた戦略についての考察には、なるほどそうかと膝を打った。

 切り口が多彩で、一地方の紀行といってはもったいないくらいに懐が深い。感染拡大で思うように遠出もできないが、出雲地方ばかりか東南アジアやインドにまで旅したような気分に浸った。

9月×日 コロナワクチン2回目。接種の6時間後あたりから熱が出て、翌日はひどい頭痛にも見舞われた。体内で抗体が作られているゆえの副反応とはいえ、いろんな意味でたいしたワクチンだなと恐れ入る。

 以前、ロンドンの美術館に入った折、西洋絵画はその国の歴史や宗教と深く結びついていて、日本人の自分が正しく理解するのは難しいと感じたことがある。朝井まかて著「白光」(文藝春秋 1980円)は、日本初の聖像画師、山下りんの生涯を描く歴史小説。明治初期、絵師になることを志したりんの前に、ロシア留学の道が開ける。だが、現地での絵画修業は望んでいたものとは程遠く、苦難の連続だ。

 信仰と芸術、絵師としての矜持。葛藤を抱えて呻吟し、暗く、重く、苦しい闇をくぐり抜けたりんの辿り着く境地に、胸が震える。己の置かれた境遇に抗い、画業にしがみつく姿には、崇高さすら覚える。思わず背筋が伸びた。

【連載】週間読書日記

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