「戦国日本の生態系」高木久史氏

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 戦国時代というと信長や秀吉などのヒーローにばかり焦点があたり、庶民の存在は忘れられがちだ。長年中世・近世の貨幣の歴史を分析してきた著者は、中世の記録から当時の庶民の生計がどのように成り立っていたのかを本書で復元。飢餓が珍しくなかった時代に、生きるためにあの手この手を使った庶民の目線から戦国時代のリアルを問い直す。

「戦国時代の庶民は領主に一方的に搾取され奴隷のようにこき使われたのではないかと思われがちですが、記録を見るとまったく違う実態が見えてきます。たとえば中世日本では、地域の森林の伐採を禁じた内規があったという記録が残っています。規制があるのは、生きるために無許可で木を伐採する庶民が絶えなかった証拠。森林の限りある生態系の恵みを巡って庶民と領主が競合し、領主が庶民に手を焼いていた様子がわかります」

 庶民の生活を復元するにあたって著者が注目したのは、越前国(現在の福井県)の越知山を中心とした山間部と、海を望む山村である越前海岸部という地域。この地域に残る内規や訴訟の記録、納税一覧などから庶民の生活を探っていった。

 たとえば訴訟の記録には、資源と領地の境界を巡って、庶民と地元の寺が対立した様子が見て取れる。庶民は領主に一方的に抑圧されながら地域内で自給自足生活をしていたのではなく、木炭を生産し市場の需要に応えた商業活動をしていたこと、訴訟に備えてコネをつくろうとした庶民がいたこともわかる。訴訟に勝つために偽文書をでっち上げた形跡をつきとめたいきさつなども本書に書かれており、著者の案内を頼りに当時のエピソードを知れば知るほど、武将の陣取り合戦ばかりに目が向きがちだった戦国時代がもっと立体感のあるものとして見えてくる。

「記録というのは、書いている本人が自分のために書くものですから、常に客観的な事実と受け取るのは適切ではありません。訴状なども、この人はどうしてこういう書き方をするのか、どんなものの見方をしていたのかと考える。今の時代ならツイッターを鵜呑みにしないのと同じですね」

 戦争が絶えなかった戦国時代は資源の奪い合いが起こった時代であり、資源を確保できた方が勝つという側面があった。

 戦国時代は、今と切り離された過去の物語ではなく、エネルギー問題や環境問題に悩む現代と地続きの時代であり、英雄だけが、庶民を含む人間だけが歴史を動かしていたわけではない。生態系との相互作用が、複雑に絡み合った結果、人はさまざまな選択をして今の時代へと流れついてきた。

「私たちはつい昔に学べと言ったりしますが、昔の人も、その時代なりに環境破壊しながら生きてきて、今私たちの目の前にある自然は、たまたまその結果残ったものに過ぎません。生きていくために、人が自然に介入する流れは資本主義の今までずっと続いていることを思えば、当時の人がより身近に感じられるはず。戦国日本に、もし自分がいたらどう行動しただろうと考えつつ追体験するように読んでいただけたら著者冥利に尽きますね」 (講談社 2200円)

▽高木久史(たかぎ・ひさし) 1973年生まれ。大阪経済大学経済学部教授。神戸大学大学院文化学研究科修了。専門は日本中世・近世史。主な著書に、「通貨の日本史 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで」「撰銭とビタ一文の戦国史」などがある。

 

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