「哲学史入門Ⅳ 正義論、功利主義からケアの倫理まで」斎藤哲也編/NHK出版新書(選者:佐藤優)
哲学は人間の役に立つべき、という哲学観が反映されている
「哲学史入門Ⅳ 正義論、功利主義からケアの倫理まで」斎藤哲也編/NHK出版新書
優れた哲学者で編集者兼作家である斎藤哲也氏による哲学史入門の第4弾だ。
第1~3巻は古代から現代までの西洋哲学史を解説するという構成であったが、第4巻では趣を変えて、正義、功利主義、ケアなどの倫理と道徳の問題を扱う。哲学は究極的に人間の役に立つべきだという斎藤氏の哲学観が反映されているのだと思う。
評者には、アメリカの思想家ジョン・ロールズ(1921~2002年)の「正義論」に関する斎藤氏と神島裕子氏(立命館大学総合心理学部教授)とのやりとりが興味深かった。
<ロールズ『正義論』の象徴として「善に対する正の優位」という表現があります。この「善」と「正」の違いも、初学者にはつまずきやすいところのように思います。
神島 まず「正」というのは、「正義」のことですね。英語で言えば「right」や「justice」になります。それに対して「善」は、「よいこと」や「価値あるもの」のことで、英語で言えば「good」。個人の好みや幸福に関わる概念です。自分の「善」の構想を持つことも、「正義」についての感覚を持つことと同じく、育まれるべき道徳能力だとロールズは考えています。/もっとも、それぞれの人が自分の好みや幸福を追い求めると、当然、ぶつかり合うことがありますよね。だから「善に対する正の優位」によって、みんながぶつからずに共存できるように、「ここまではOKだけど、ここは我慢してね」と線引きをしましょうということを言っているんですね>
ロールズは、我慢という類いの正義感に訴えることでアメリカにおける格差の歩留まりを実現しようとしたのであるが、成功しなかったというのが現実だ。マルクスが「資本論」で展開した労働力商品化という概念から学ぼうとせずに経済面での正義を実現しようとしても、それは学者の空論に終わる。
ロールズのような実効性も担保されず、知的操作も単純な正義論が大手を振って歩いているところに現代の哲学というかアメリカ思想の貧困があると思う。もっとも大学ではこういう現実味のない「理論」がビジネスとして今後も生き続けるのであろう。 ★★★
(2025年9月18日脱稿)