「ハッピードリンクショップ Happy Drink Shop」吉村和敏著
「ハッピードリンクショップ Happy Drink Shop」吉村和敏著
何の前知識もなく、本書を手に取りページを開いた読者は、きっと「ぎょっ」とすることだろう。
どのページにも同じような飲料水の自動販売機がこれでもかと並んでいるからだ。
しかし、山梨県と長野県の住民や出身者なら、この書名を見てピンと来るはず。車で両県に出かけた際にお世話になった方も多いのでは。
道端や店舗の脇などに4台から5台が肩を寄せ合うように並んだこの自動販売機の集合体「ハッピードリンクショップ」は、山梨県の企業が運営する「店舗」で、両県を中心に実に1200店以上を展開。そのひとつひとつに「安曇野穂高店」「富士河口湖勝山店」「白根飯野6号店」という具合に店舗名が与えられているという。
本書は、コロナ禍にスタートして約3年半をかけてそのハッピードリンクショップ全1044店舗(当時)を撮影した写真集。
リンゴの直売所に併設された「豊野大倉店」をはじめ、峠道だろうか背後に山並み満開の八重桜が彩りを添える「須坂仁礼店」、入道雲のわきあがる青空の下には色づき始めた田んぼが広がる夏の「協和店」、今では見かけることが少なくなった二宮尊徳像とツーショット撮影された「川上駅前店」、そして農業用ハウスの前に設けられた「白根飯野新田店」など。
売られているドリンクはほぼ同じなのだが、店舗が置かれている場所は実に多種多様で、店によってそれぞれ個性があることがわかる。
満開のソメイヨシノのピンクと桃の花の赤が見事なコラボレーションを見せる「市川三郷4号店」や、仏像に見守られながらドリンクを飲むための休憩所が併設された「下部店」、そして極めつきは遠くに富士山が望める「富士吉田上暮地店」など、絶好のロケーションが楽しめる店舗もある。
ハッピードリンクショップは、コンビニやスーパー、ドラッグストアなどの台頭により、従来のように自動販売機を1、2台並べておくだけでは品ぞろえと価格面で不利になるため、初代社長がかつて各所にあった「オートスナック」にヒントを得て思いついたという。
しかし、土地探しが難航。県内中を車で走り回り、目星をつけた遊休地の地主を法務局で探し出して、交渉するが門前払いばかりが続き、1号店は担当者の幼馴染みの実家が所有する畑の脇の空き地だったという。
それが今では1200店舗以上を展開。地元住民には「ふらりとハピドリに立ち寄る」という言い回しが自然に使われるほど日常の一部になっているそうだ。
著者は24時間365日、常にスタンバイ状態でひっそりとたたずむ自動販売機には「けなげさや忠実さ、そしてほのかな気品さえ漂っている」という。
さらに、その存在は「日本の風景の中に潜む奥深さや、暮らしの気配、人々のささやかな物語を見つめていたのかもしれない」とも。
ロードサイドの風景から日本の今を浮かび上がらせた力作だ。
(丸善出版 3960円)