いしいしんじ(作家)
5月×日 連載「きょくあじさしとくさのこ姫」書く。舞台は12世紀の京都。北極から南極まで渡る鳥が、盲目の姫君のもとへ、全世界のニュースをせっせと届ける。ぼく自身その現場に立ちあうかのように「インカを歩く」「天文の世界史」「中世ローマ帝国」「サラディン」「都市国家ノヴゴロドの群像」「牛車で行こう!」「死者たちの中世」等々、書物で同時代の全世界を旅しながら。
5月×日 今年の秋出版予定の長編「チェロ湖」の再校ゲラ1000ページに向きあう。去年の初校はほぼすべて書き直し、まるで血まみれだった。手書きで朱を入れていたら、600ページほどで右腕に激痛が走り、そのうち動かせなくなった。小説のゲラでけがするなんて想像もしていなかった。
5月×日 息子のひとひと「新幹線大爆破」みる。砂糖菓子の犬。おもろい。家族でつきあいのあるMさんが、以前JRの司令室で、作中斎藤工が演じた仕事についていた。寝る前にひとひはずいぶん久しぶりに絵本「新幹線のたび」をふとんへもちこんだ。
5月×日 松家仁之著「天使も踏むを畏れるところ」(新潮社 2970円)。出だしからひきこまれる。空襲で焼け野原となった東京の真ん中に「新宮殿」を建てようと奔走する男たち。松家さんの小説はいつも風の通りがよく、しかも一寸も揺るがない。目の前の一文が、全体のあらゆる細部と共鳴しあっている。それこそ帝国ホテルや桂離宮のような名建築に通じている。1歩ずつ1歩ずつ、風景をたのしむように読む。
5月×日 はじめて持った携帯電話、また置き忘れる。買ってからひと月で3度目。先月は広島駅で見つかった(ぼくは京都在住)。今回はどこまで旅しているだろう。
5月×日 携帯電話発見。「史料が語るビザンツ世界」と「馬の世界史」のあいだにはさまっていた。
5月×日 「くさのこ姫」。淀川下流の歓楽地・江口に、12世紀ムスリムの祈りが響く。