(51)それ私のセーターでしょ? 少し笑っているように見えた

公開日: 更新日:

 ただ、劇的な回復があったからといって、すべてが元通りになるわけではない。日によって調子には波があり、今もすぐに次の選択を迫られる状況に変わりはない。けれど、以前のように無表情で沈黙を貫く姿を見て「もう何も感じていないのだろう」と思っていた時期を思うと、母はまるで別人のようだった。

 ある日、私が母のセーターを着て面会に行ったところ、「それ私のセーターでしょ?」と言われた。ばれたか、と私は笑った。母も少しだけ笑っているように見えた。

 母の中にはまだ、この世界への関心があり、意志があり、感情があった。ただ、それを表現するための機能が衰えていただけだったのだと気づかされた。

 専門職による訓練の積み重ねが確実にQOLを押し上げた。誰にでも当てはまることではないと思うが、ギリギリの選択を迫られた時から、少しだけでも猶予を与えられたことに感謝している。きっと母自身も。 (つづく)

▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」。

■関連キーワード

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    朝ドラ「風、薫る」“シマケン”はブーイングも…Aぇ! Group佐野晶哉には「オファー増」の追い風

  2. 2

    北島三郎(3)「北島ファミリー」の長女・原田悠里が語る御大

  3. 3

    “世界ランク1位”の座を捨てて甲子園へ 享栄・上江滝拓未「将来はプロかバスの運転手」

  4. 4

    バナナマン日村が簡単に復帰できそうにない「もう1つの理由」…レギュラー11本抱える人気者のジレンマ

  5. 5

    りくりゅうペア大逆転金メダルを呼んだ“かかあ天下” 木原龍一はリンク内外で三浦璃来を持ち上げていた

  1. 6

    りくりゅう“ジュニア”に早くも金メダル期待 一般家庭の子にはない「血」と「資金」の強み

  2. 7

    高市政権が国民資産「強奪」計画! 現預金1100兆円を狙い撃ち、放漫財政のツケを庶民のフトコロに押しつけ

  3. 8

    ビートたけし&島田洋七「ほとんどリタイア」の現在地…「おお元気か?」と連絡し酒を酌み交わす

  4. 9

    日本ハムは「レイエス流出阻止」が最優先課題 優勝争い&新庄監督の去就以上に重大なワケ

  5. 10

    警察は田岡邸を没収し、兵庫県や神戸市の持ち物にしたらどうだ