伝説のバーテンダー井山計一の愛弟子・秋田治郎さんは声を失ってもカクテルを作り続ける
「バーテンと客がワイワイやるのもバーの楽しみ方のひとつなんですよ」
「もともと私は『将来は漁師になるもんだ』と思って生きてきて、今はバーテンダーの傍ら、地元漁協の準組合員として漁師もやっています。いい魚が取れれば振る舞って食べてもらい、11月になれば山形の新蕎麦も出したりします。お酒もカクテルだけでなく、ワインや秋田の地酒も堪能できる。みんなでワイワイやるのもバーの楽しみ方のひとつなんですよ」
ふと見渡せば、お客のみんながにこやかに笑っている。難しい顔をした人は誰もいない。ワインを差し入れてくれたリーダー格の年配男性も、若い人たちのしゃべりに静かに首を振るだけ。留学先のフランスのマルセイユから一時帰国中の女性は心理学を学んでいて、「将来は国境なき医師団のようなところでも働いてみたい」と夢を語っていた。
「ウイスキーの良し悪しはマスターブレンダーの力量が大きい。ただ、日本酒だけは杜氏の力ではどうしようもないところがあるように思える。気温や湿度、緻密さ、あらゆる条件が揃ってようやくいい清酒が生まれるのです」
オススメの天寿酒造の「鳥海山」を試飲。この酒は鳥海山の雪解け水を「仕込み水」に使っており、杜氏と蔵人が米との対話と伝統の技で醸し上げた逸品。驚くほどフルーティーだ。
バーテンダーの仕事も緻密さが大事。個々の客にあったオリジナルカクテルを即興でつくり楽しませなくてはいけない。
「師匠の井山さんとは若い頃、酒田市で行われたカクテルの勉強会で知り合いました。3カ月ほどの短い期間でしたが、その際、サントリー主催のコンテストを紹介され、そこで入選を果たしたのだから、やっぱり大恩人です。先ほどお出しした『オールド・キャッスル』のカクテルグラスは西ドイツ製なのですが、偶然にも井山さんのお店(ケルン)にも同じグラスがひとつだけあった。井山さんとの出会いも、やはり運命だったんでしょうね」
師匠の井山さんは奥さんを亡くした後もシェーカーを振り続けた。当時、代名詞のオリジナルカクテル「雪国」について「60年、同じカクテルをつくっても飽きません。だってラーメン屋さんは朝から仕込みをして1杯600円。こっちは仕込みなしで900円ですから」と舌を出してちゃめっ気たっぷりに語っていたもの。愛弟子の治郎さんも師匠のように体の続く限りシェーカーを振り続けるのだろう。

















