顧客期待をいい意味で裏切る手法「心理的ムーンショット」とは…“売れない”を解消した魔法の事例

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売上は増加、顧客維持率とリピート率も高まった手法

 同じように、レストランで生の状態の肉と、それを焼くためのホットストーンが運ばれてくることがある。意図的かどうかは別にして、その店が強力な心理的ムーンショットを採り入れているのは明らかだ。

 ステーキの焼き加減の好みは、個人によって異なる。つまり、たとえ最高級のレストランでも、ステーキは最も突き返される率が高いメニューだ。客に対して自分で調理するように頼むと、満足度や価値の認識が高まるというのは、一見、筋が通らないが、ホットストーンが登場すると、まさにそのとおりのことが起きる。

 生の肉を提供することで、客の待ち時間が短くなり、シェフの手間も省け、焼き加減を自由にコントロールできて(私の好みはミディアムレア)、満足度が高まる。食事に手間を惜しまなかったと感じ、苦情や突き返しが減る。客が手を動かせば暇を持て余すこともない。この心理的ムーンショットでは、オペレーションの透明性、怠惰の嫌悪、目標勾配効果がすべて同時に機能している。

 飛行機、ホテル、保険のアグリゲーションサイト(複数のサイトの情報を集約し、1つのプラットフォーム上で閲覧できるサービス)も、煩わしさが価値を生み出すことを理解している。こうしたサイトでは、検索時間が短いほど売上が減少することが判明していた。そこで、あえて検索時間が長くなるように設定を変更し、検索しているサイトがすべて表示されるようにした。それにより、じゅうぶんに調べ尽くしたからほかのサイトは見る必要がないとユーザーに思わせることができる。

 結果として、この作戦は功を奏して売上は増加、顧客維持率とリピート率も高まった。

◼️法則 煩わしさが価値を生み出す

 煩わしさが価値を生み出すというのは理にかなっていないようだが、心理的ムーンショットを仕掛けるような企業は、人間が論理的ではないと理解している。むしろ、その判断や行動は筋が通らず理不尽で、根本的に非論理的だ。したがって人を思いどおりに動かそうとするなら、ときには発想を転換し、あえて便利さや「常識」を捨ててみる必要もある。

[絶対的な「価値」は存在しない。存在するのは、期待に応えることで「どう感じてもらえるか」だ。]

  ◇  ◇  ◇

【著者】スティーブン・バートレット(Steven Bartlett)
 イギリスの起業家。40以上の会社に投資し、講演、執筆、コンテンツクリエーターとして活躍。ヨーロッパでランキング第1位のポッドキャスト『The Diary Of A CEO』のホストを務める。弱冠22歳で世界的なデジタルマーケティング会社〈Social Chain〉を設立し、5年後に株式上場。サンフランシスコのソフトウェア会社〈Thirdweb〉、革新的なマーケティング会社〈Flight Story〉を共同設立し、その業績が『フォーブス』『ビジネスインサイダー』『フィナンシャル・タイムズ』『ガーディアン』などに取り上げられる。スマートフォン向けアプリ「FT Edit」のゲスト編集者を務め、『フォーブス』の「30歳未満の特筆すべき30人」に選出。BBCの『Dragon's Den』(イギリス版『¥マネーの虎』)に最年少で出演。国連、SXSW(世界最大級のビジネスカンファレンス)、TEDxLondon、VTEXデー(電商取引に関する国際イベント)でバラク・オバマとともに登壇。初めての著書『Happy Sexy Millionaire』に続いて、本書『THE DIARY OF A CEO』も発売直後にサンデー・タイムズ紙のベストセラーリスト第1位に輝き、世界累計でミリオンセラーとなる。

【翻訳者】清水由貴子(しみず・ゆきこ)
 英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書にアレッサンドロ・マルツォ・マーニョ『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、ライアン・ジェイコブズ『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、ニール・ヤング『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)、マイケル・シュア『How to Be Perfect 完璧な人間になる方法?』(かんき出版)などがある。

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