顧客期待をいい意味で裏切る手法「心理的ムーンショット」とは…“売れない”を解消した魔法の事例

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顧客にひどい経験をさせると製品の売り上げが伸びる?

 Uber、アップル、Amazon、Nike、TikTok、コカ・コーラなど世界を創り変える覇者達からマーケティングを任されるイギリスの起業家、スティーブン・バートレット氏が、常識では考えられない真実を明かします。

 バートレット氏が直接体得した仕事と人生に効く33の重要原則をまとめた『執行長日記 THE DIARY OF A CEO』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けします。

  ◇  ◇  ◇

 マーケティング会社のCEO時代、顧客のコカ・コーラ社との打ち合わせに何度となく出席したが、マーケティング担当者たちは、レッドブルをはじめとするエナジードリンク業界の成功に衝撃を受けている様子だった。

 甘い飲み物の売上は大幅に減少していたが、同じように健康によくない、何とも嫌な味のするドリンク類の売上は逆に急上昇。いったいなぜなのか? さっそく調査したところ、ジャンルごとに顧客の期待は異なり、期待が異なれば心理的ムーンショットも異なることが判明した。

 ローリー・サザーランドの指摘によると、レッドブルはあえてまずい味にすることで、パフォーマンスを向上させ、「翼をさずける」という消費者の期待を満たしているという。さわやかな炭酸飲料ではなく薬のような味がするため、強力で効き目のある成分がたっぷり入っていると思わせているのだ。

 味を「よくする」と、かえって魅力が失われる場合もある。それは消費者が何を期待しているかによって決まる。

 私の親友に、ヨーロッパで急成長を遂げたスポーツ栄養ブランドの創業者がいるが、彼は何度も愚痴をこぼしていた。製品がおいしすぎるせいで、本当に効果があるのか消費者に信じてもらえないという。売上を伸ばすために、味をまずくすることを真剣に検討した時期もあったそうだ。

 アメリカの大手製粉メーカー、ジェネラルミルズは、1950年代に有名な「ベティクロッカー」ブランドのケーキミックスを発売した。水を加えて混ぜ、焼くだけで、誰でも簡単にケーキが作れるものだ。ミルクと卵の粉末が入っていたので、失敗のしようがない。ところが発売当初は売れず、世間の反応もあまりよくなかった。

 何がいけないのか、ジェネラルミルズには理解できなかった。忙しい主婦や母親たちの手間を省けるはずなのに、どういうわけか思うように売れない。そこで、原因を探るために心理学者のチームが招集された。結論としては、この商品は、ケーキをすべて自分で作るのに比べて時間も手間も節約できるが、アメリカの家庭の主婦は、実際には楽をしているのに時間をかけて焼いたと思われたり、きちんと作らず手抜きをしたと認めたりすることに後ろめたさを感じ、従来の焼き方に戻ってしまったのだ。

 この問題を解決するために、ジェネラルミルズには(従来どおり)広告キャンペーンを検討する選択肢もあった。だが実際には、まったく別の方策を取った。あらゆるマーケティングの常識に反して、心理的ムーンショットを放った。ケーキミックスの原材料から卵を除き、パッケージの前面に「卵を入れる」と印刷したのだ。この「引き算の手法」によって、便利さが失われ、消費者は時間をかけざるをえなくなった。客観的に見れば、商品の価値は下がったが、それによって手を抜いていないと思わせることができた。その結果、売上は急増した。

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