セールスマンが売りたい商品に客を誘導する「ゴルディロックス効果」…思わずハマる認知バイアスの罠
ゴルディロックス効果を味方につける
ところが2回目の実験では、コーヒーのみ別料金のオールインクルーシブのローマ旅行がオプションに追加された。すると、もともとのオールインクルーシブのローマ旅行は、コーヒーなしの旅行より人気が高くなったばかりか、パリ旅行をも上回った。
情報が限られている場合、脳は3つのオプションの価値について、状況から手がかりを探そうとする。「コーヒーなしのローマ旅行」は、そうした手がかりの1つで、ローマ旅行は費用がかかるためサービスを限定したという印象を与える。
ゴルディロックス効果がうまく働くように、ブランドは通常、中間のオプションを最低価格よりも高く、けれども最高価格よりもかなり安く設定する。
たとえば、ある航空会社がニューヨーク行きの往復航空券を販売しているとする。価格はエコノミークラスで800ポンド、ビジネスクラスで2000ポンド、ファーストクラスで8000ポンド。この場合、2000ポンドはお買い得ではないにもかかわらず、多くの人が安いと感じるだろう。
心理的ムーンショットの法則は、ストーリーやサービスの提供方法が間違っているかどうかを判断するのに役立つ(「ゴルディロックス効果」は「心理的ムーンショットの法則」にあてはまる)。私たちは基本的に自分が理性的だと思っている。その証拠に、自分の判断を非難されると認知的不協和が生じる。だから、マーケティング戦略を立てる場合に、顧客も理性的であるという前提に立ってしまう。その結果、うまく心理学を利用すれば簡単に済むところを、無理して現状を改善しようと試みるのだ。 私たちの判断は理性に左右されるのではない。世間の基準、理不尽な不安、生存本能によって生み出されるナンセンスに影響される。
優秀なマーケター、ストーリーテラー、ブランド創業者は、心理的ムーンショットの利用が悪意のある、不正な、あるいは誠実さに欠けるものではないことを理解しているが、失敗すれば、当然ブランドイメージは傷つく。だが、そこから同じ力を利用して、そうした言葉、文脈、汚名、見方を有利な方向に導き、自分が作ったものの本当の美しさ、価値、大切さを正確に世間に伝えるチャンスもある。
要は、心理的ムーンショットは使い方次第でどうにでもなるということだ。
人は状況に基づいて価値を判断する。したがって、低価格、標準、高級バージョンなど、商品の選択肢に幅を持たせれば、ストーリーを伝え、標準の商品に対する消費者の評価を上げることができる。
[状況が価値を生み出す。]
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【著者】スティーブン・バートレット(Steven Bartlett)
イギリスの起業家。40以上の会社に投資し、講演、執筆、コンテンツクリエーターとして活躍。ヨーロッパでランキング第1位のポッドキャスト『The Diary Of A CEO』のホストを務める。弱冠22歳で世界的なデジタルマーケティング会社〈Social Chain〉を設立し、5年後に株式上場。サンフランシスコのソフトウェア会社〈Thirdweb〉、革新的なマーケティング会社〈Flight Story〉を共同設立し、その業績が『フォーブス』『ビジネスインサイダー』『フィナンシャル・タイムズ』『ガーディアン』などに取り上げられる。スマートフォン向けアプリ「FT Edit」のゲスト編集者を務め、『フォーブス』の「30歳未満の特筆すべき30人」に選出。BBCの『Dragon's Den』(イギリス版『¥マネーの虎』)に最年少で出演。国連、SXSW(世界最大級のビジネスカンファレンス)、TEDxLondon、VTEXデー(電商取引に関する国際イベント)でバラク・オバマとともに登壇。初めての著書『Happy Sexy Millionaire』に続いて、本書『THE DIARY OF A CEO』も発売直後にサンデー・タイムズ紙のベストセラーリスト第1位に輝き、世界累計でミリオンセラーとなる。
【翻訳者】清水由貴子(しみず・ゆきこ)
英語翻訳者。上智大学外国語学部卒。おもな訳書にアレッサンドロ・マルツォ・マーニョ『初めて書籍を作った男 アルド・マヌーツィオの生涯』(柏書房)、ライアン・ジェイコブズ『トリュフの真相 世界で最も高価なキノコ物語』(パンローリング)、ニール・ヤング『ニール・ヤング 回想』(河出書房新社)、マイケル・シュア『How to Be Perfect 完璧な人間になる方法?』(かんき出版)などがある。