ソフトバンクはなぜ今「南海ホークス」を"復活"させたのか? 60年ぶり3連覇につながった大阪凱旋の舞台裏
最近は毎年のようにプロ野球での優勝争いに絡む「常勝軍団」として知られる福岡ソフトバンクホークス。その前身は、昭和の時代に大阪を本拠地としていた南海ホークスだ。本拠地だった大阪球場は、大阪有数の繁華街・難波にあり、何度もリーグ優勝を果たした強豪チームである。
8月4日、大阪市の京セラドーム大阪で開催されたのが、ソフトバンク主催の「南海ホークス復刻ナイターin大阪」だ。選手たちは南海ホークスの復刻ユニフォームを着てプレーし、観客にはレプリカユニフォームが配布される。これは行かなくてはならない。
実は筆者は、南海時代からのホークスファンだ。ただ、全盛期は昭和30年代。ファンになったのは、南海が最後にリーグ優勝を果たした1973(昭和48)年だった。それ以降、南海ホークスとして優勝することはなかった。
それどころか、その後は低迷が続き、5位や6位に沈むシーズンも多かった。あげくの果てに1988年のシーズンを最後に球団はダイエーに譲渡され、南海ホークスは消滅した。正直なところ、あまりいい思い出がない。
ちなみに、ホークスが再びリーグ優勝を果たしたのは、ダイエー時代の1999年だ。
そんな筆者でも、南海ホークスが大阪に帰ってくるとなれば、特別な思いがある。しかも、ファンになった当時は低迷していたチームが、今や常勝軍団となって大阪に帰ってくる。まさに夢のような話である。
今回の記念試合に合わせ、かつての親会社だった南海電鉄も、さまざまなイベントを企画していた。駅や列車には、柳田、近藤、周東の3選手が復刻ユニフォームを着たポスターを掲示。難波駅では、駅員が南海のユニフォームを着て業務にあたっていた。
また、選手名と駅名を掛け合わせたコラボパネルも設置された。「新今宮駅」には今宮選手、「泉大津駅」には大津選手のパネルが登場。南海電鉄とのコラボについては、「当時の南海ホークスを知らない人でも、その雰囲気を感じられてよかった」という声が球団に寄せられているという。
かつて大阪球場があった場所はどうか。。
南海ホークスが去った後の大阪球場では、自動車の販売イベントが開かれたり、住宅展示場として利用されたりするなど、野球場とは異なる用途に使われた。その後、球場は解体された。
そして2003年、大阪球場の跡地に誕生したのが、ショッピングモール「なんばパークス」だ。現在、球場だった面影はほとんど残っていない。だが、大阪球場の名残をとどめる場所がわずかにある。
ピッチャーズプレートとホームベースの跡だ。実際に、大阪球場で使われていた位置に残されている。ホームベースの後ろに座ってみる。この場所で、捕手として野村克也選手が投手の球を受けていたのかと思うと、感慨深いものがある。


















