「緊急の場合は」マイクル・クライトン著 清水俊二訳

公開日: 更新日:

 1973年、アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、妊娠中絶を女性の権利と認め、妊娠中絶を規制することを違憲とした。本書の刊行は1968年。「ジュラシック・パーク」やTVドラマ「ER」などでベストセラー作家になる前のクライトンが別名義で書いたもので、違法下での妊娠中絶の問題に鋭く迫っている。

【あらすじ】ジョン・ベリーはボストンにあるリンカーン病院の病理医。ジョンのもとに友人の産科医アート・リーが逮捕されたという知らせが入った。

 リーは中国系で、以前から中絶手術に手を染めていた。違法とは知りつつも、闇の手術で危険にさらすよりも、安全な手術で幸福が得られるならそちらを選ぶというのが彼の立場であった。

 ジョンはリーに完全に同意しえないものの、病理部門の証拠隠滅という形で加担していた。もしリーの中絶が公になれば自分にも累が及ぶかも知れない。リーに事情を聴くと、リンカーン病院で絶大な権力を誇る心臓外科医J・D・ランドールの娘のカレンが中絶手術による大量出血で死に、義母がリーを告発したという。

 リーの無実を信じるジョンは独自に調査を始め、関係者に話を聞いていく。そこで分かったのはカレンと父親との確執で、父からの束縛を逃れるかのように、カレンは何人もの男と付き合い薬物を乱用していたのだ。しかし、カレンの死の真相は大きな蓋をされたように一向に見えてこない。そんな中、中絶に反対する町の人たちがリーの家へ押しかけ、子どもたちがケガをするという事件が起こる……。

【読みどころ】妊娠中絶をめぐる議論はアメリカ国内でいまだ盛んで、問題の根の深さを物語っている。この難問に果敢に挑んだ若き医学生、クライトンの情熱が伝わってくる。 <石>

(早川書房 1100円)

【連載】文庫で読む 医療小説

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性