吉村喜彦(作家)

公開日: 更新日:

11月×日 サントリー宣伝部時代にお世話になった岡崎満義さんの新著「葉書に書いた人物スケッチ」(西田書店 880円)を読む。

 岡崎さんは「月刊文藝春秋」編集長や「スポーツグラフィックNumber」創刊編集長をつとめられた。京都大学の先輩でもあり、永年、公私にわたってお世話になっている。

 週刊文春での「山崎」「白州」の企画広告ではさまざまなジャンルの著名人に岡崎さんがインタビューし、玄妙な話をわかりやすい文体で語ってくださった。ぼくは取材に同席しながら、場をなごませる空気の作り方や簡にして要を得た質問など、ひとの話を聞き出す名人技に接することができた。

 コロナ禍で外出のままならない日々。86歳の岡崎さんは、かつて取材した人、先生、有名無名の友人知己のことを葉書1枚に1人ずつ書きためて、奥さま宛にポストに投函した。その葉書の数368枚。幅広い人脈は岡崎さんならでは。一筆書きの人物スケッチが素晴らしい。つねにほんわかした空気が漂い、品のいい笑いにふわっと包まれる。

「大宅壮一さんはゲストの真正面には絶対に坐らない。斜め横に坐った」「長嶋茂雄さんは、I live in Tokyo.の過去形をI live in Edo.と言った」などの逸話もいい。人柄がよくわかるエピソード満載。思わずググってその人を調べて好きになったりする(たとえば詩人の杉山平一さん)。

 おもしろかったのは「雑さん」への葉書。

「雑という字が好きだ。雑誌、雑文、雑談、雑巾、雑感、乱雑…とりわけ雑木林がいい。雑と密とは人間のふるさとと言っていい。ソーシャル・ディスタンスなんぞクソ食らえ、である。雑にこそ人間のぬくもりがある。雑が私を生かしてくれた。これからも雑と生きるつもりだ」

 まさに現代人への希望の言葉だ。肩の力がふーっと抜けていく。この本は岡崎さんご夫妻の住まう湘南のあたたかい光に満ちた1冊だ。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性