「危険な言語」ウルリッヒ・リンス著 石川尚志ほか4人訳
「危険な言語」ウルリッヒ・リンス著 石川尚志ほか4人訳
1887年、帝政ロシア治下のポーランドに住むユダヤ人青年医師、ラザロ・ザメンホフが国際共通語エスペラントの草案を発表した。多民族が独自の言語で話し、互いに強い猜疑心を抱いていた環境で育ったザメンホフ少年は「言語の相違からくる重苦しい不幸」が人々が憎しみ合う原因だと思い、「大人になったら、必ずこの不幸をなくしてみせる」と決意、その夢を実現させたのだ。
彼の創案したエスペラントは徐々に世界へ広まり、日本でも1906年に日本エスペラント協会が発足、二葉亭四迷、堺利彦、大杉栄、北一輝、新渡戸稲造らが普及に努めた。
しかし、ナショナリズムを宣揚する体制にとってエスペラントは国を超えた民衆相互の連帯を促す「危険な言語」であり、早くからエスペラント運動に対して激しい弾圧と迫害を続けてきた。本書は、なぜエスペラント運動がそのような迫害を受けるに至ったのかを歴史的に位置づけたもの。
ザメンホフがユダヤ人であったため、誕生当初からエスペラントのユダヤ性が問題視された。ザメンホフは実利的な言語であることを強調しイデオロギー性を否定したが、一方で激しいユダヤ人差別の体験から、相互的友愛、平等と正義を原則とした「ホマラニスモ人類人主義」を強く提唱していた。この中立的な実利性と理想主義的な平等意識の2つの流れはその後のエスペラント運動にも反映され、理想主義的な思想は時の権力、特にナチズム下のドイツで激しい弾圧を招く。加えて、スターリン治下のソ連で、ドイツを上回る大量のエスペランチストが迫害・弾圧を受けた事実を資料的に明らかにしたことが本書の大きな功績だ。
自国中心主義を宣明する米国・中国、ウクライナを侵攻するロシア、ガザを攻撃するイスラエルなど、ナショナリズムが前面に出てきている現在、エスペラントがたどった運命とその現在的な意味をあらためて問い直すことは極めて重要だ。 〈狸〉
(国書刊行会 3960円)



















