「鶏まみれ」繁延あずさ著/亜紀書房(選者:中川淳一郎)
スーパーで物を買う当たり前の裏側
「鶏まみれ」繁延あずさ著
第25回新潮ドキュメント賞受賞作品で、写真家の著者は長崎県在住。2020年3月、新型コロナウイルスの影響でリストラされた夫が養鶏家になり、卵を売ることを発案する。著者も同意するものの、開業に必要な資格である食鳥処理衛生管理者には、獣医師の資格があることなど4種類のうちどれかが必要。著者にとって現実的だったのは、3年間の食鳥処理場での経験を得ることだった。
実際に働くこととなるのだが、先輩従業員の手際の良さに仰天する日々が開始する。
〈猛烈なスピードで砂肝を切っていくおばあちゃんが目の前にいる。私も真似て手を伸ばしていくが、ヌルヌルして一個切るのにさえ手間取る。おばあちゃんはリズムをとってダンスするかのように軽快だ。一個に1秒強くらいだろうか。一方、私は3秒ほどかかってる気がする〉
鶏が次々と流れてきて首を切ったり尻を切ったり、内臓を一気に出して繊細なレバーを切り分けたりする作業をし、どこかの誰かに肉を提供するのだ。生き物の命を奪い人間は生きているわけだが、あまりにもしんどい仕事なのに従業員は皆低賃金。高齢者と外国人と身体障害者がここでは働いているのである。
〈何かを作り出すこと、治療すること、教えること。それはたしかに重要な仕事だ。でも、誰もがまず生きなければならないなかで、その“生きる”を支えるケアだって同じくらい重要な仕事ではないかと思うのだけど低賃金〉
生き物を扱う養鶏場には週末も正月もない。そこまで大変な仕事なのに鳥インフルが流行している、と判断されたら殺処分になるリスクすらある。この本を読むと、スーパーで気軽に肉・魚・野菜・果物、加工食品を買えていることがいかに誰かの活躍があってのことなのかが分かる。
著者一家は無事本格的な鶏卵販売に乗り出せるが、本書もう一つの目玉は家族の成長とその物語である。写真家としての仕事があり、さらには処理場での仕事もしている筆者から見れば、初期の頃寝そべってスマホを見ているだけの夫への苛立ちが描かれる。そんな彼は後に卵に関する淡々とした説明文を書いてきたが、雑誌や広告等のヒキの強いレイアウトと文言に慣れた著者はその淡々とした文章に一瞬ダメ出しをしようとしたがこう考えなおした。
〈けれど、うちの無愛想な夫とニワトリとふぞろいな卵たちを思い浮かべると、そんなパンフレットはちがう気がしてきた(中略)あの原稿は夫らしさがあったか〉
それ以外にも肉体労働者や外国人労働者やエッセンシャルワーカーの待遇の悪さ、高齢化など日本が抱えるさまざまな改善すべき問題についてもテンポよく考えさせてくれる。 ★★★



















