医師と患者の“儀式”…「大丈夫ですよ」を何度も聞きたい
あるときバツイチの看護師さんが話してくれました。
「ママ友の家で食事して夕方に帰宅したんです。そしたら主人が『昼過ぎ、おまえの実家から電話があって、お父さんが倒れて病院に運び込まれたんだって』って言ってきたんです。なんで、すぐに知らせてくれなかったのかって聞いたら『お父さんはもう病院にいるんだから、おまえが駆け付けたってどうしようもねぇだろう』って言ったんですよ」
ご主人なりの独自の論理があらわになり、その瞬間、彼女は離婚を決断したとのことです。
こんなふうに「ええっ!?なんで? どういう思考?」と、意味が解せない言動をとる人がいます。
先日、北関東のとある市長が半減期2万4000年の核物質プルトニウムを埋め立て廃棄するための候補地として、政府の調査を受け入れると表明しました。
その理由として市長は「原子力より交通事故の方が死者が多い」と説明しました。驚きです! 市長のこの珍論に多くの人は「ううん??? 何それ?」だったはずです。論理の地平線の遥か彼方にある「理論」です。


















