(52)帰りたい、施設に帰りたい…救急搬送された母は言った
それから1カ月ほどは、生きた心地がしなかった。もし今、母との別れが訪れるとしたら、こんなに急なことはない。それは誰の責任というわけでもない。理性との葛藤が続いた。もちろん、入院費と施設費はその間、二重払いになる。その負担も重かった。
ある日、病院のケアワーカーがオンラインで母と話せる機会をつくってくれた。画面の向こうで母は「帰りたい、帰りたい」と言う。かつての自宅ではなく、今暮らしている施設に、だ。「職員の○○さんは元気か」「リハビリの○○先生はどうしているか」と、日頃お世話になっているスタッフのことをしきりに気にかけている。
幸い、母はその後すぐに回復し、再び慣れた施設に戻ることができた。「もう私は死ぬのだろうと思っていた」と母は言った。どんなに医療を尽くそうが、人はいつか亡くなってしまう。入院中、慣れた施設の職員たちとも離れ、私とスマートスピーカーで話すこともできず、心細かったことだろう。
「ああ、ここに帰ってくることができてよかった」と、母が施設の職員に言ってぐっすり眠り始めたと聞いたとき、私はようやく深く息をつくことができた。 (つづく)
▽如月サラ エッセイスト。東京で猫5匹と暮らす。認知症の熊本の母親を遠距離介護中。著書に父親の孤独死の顛末をつづった「父がひとりで死んでいた」。




















