具志堅用高さん(2)我慢を覚えた石垣島での野性的生活
──才能ですね、最初から先輩相手よりも強かったんですか?
初めの頃はボコボコにされましたよ。そこからいろんな打ち方を教えてもらったんです。でも、打たれても最後までやり通しました。僕の頃は1年生で15人くらい入って、最後まで残るのは5人くらい。それくらいきついのですが、練習は一日も休まず、ボクシングのために学校に通いました。
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具志堅さんはスポニチのインタビューで、その頃、銭湯で下宿していた思い出話を語っています。朝7時からロードワーク、それから学校に行き、帰ると、まき運び、まき割り、釜たき、風呂掃除。その後にまた練習という日々だったと答えています。
「リングでは殺すか殺されるか。前に出て一歩も下がらなかった。精神面はすべて、沖縄で鍛えられた」とも。
そういう経験、苦労が苦にならない性格と怖さを迅速に感知できる本能が、引退後も自分を律し、「節制」を生んでいるのだと思います。ただ、具志堅さんの言う「精神面はすべて沖縄で鍛えらえた」というのはどうでしょう。プロデビュー後のご苦労もすさまじいものがありました。次回は世界チャンピオンになるまでの軌跡の秘密を聞いていきます。


















