50歳で弟子入り 没後200年の伊能忠敬に学ぶリア充な老後
今年は伊能忠敬没後200年。伊能忠敬といえば、事業家として成功した後、50歳から天文学を学び、日本初の実測全国地図を作り上げた偉人。そんな“元祖・シニアの星”に、ある世代から注目が集まっている。
1818(文政元)年の4月13日(太陽暦では5月17日)に73歳でこの世を去ってから今年で200年。22年前から伊能忠敬の実像を普及させてきた「伊能忠敬研究会」の渡辺一郎名誉代表が言う。
「伊能忠敬を一言で表すなら、旺盛な好奇心とチャレンジ精神、そして合理的な経済マインドを併せ持った人物。自分の夢に果敢に挑みながら、決して無駄遣いをしたり、私財をすり減らしたりしなかった点は、今にも通じるバランス感覚の良さだと思います」
■隠居後は50歳で“第二の人生”
忠敬は17歳で佐原の酒造家に入り婿し、家業をもり立て49歳で隠居。その時の家の資産は3万両ともいわれる。当時の価値の比較は一概にはいえないが、大ざっぱに1両=10万円とすれば、30億円に上るからスゴイ。