「受験」「大雪は」言い訳にならない! ビートたけし、木村拓哉、山﨑賢人…それぞれの世代の投票率
第51回衆議院議員総選挙の投開票日は2月8日。「大学の受験日と重なる」「大雪寒波が心配だ」と投票率の低下が懸念されている。だが、どんなに困難でくじけそうになっても“清き一票”を無駄にするわけにはいかない。日本を変える力は若者たちの投票にかかっている。
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はっきりと分かりやすい争点がない今回の第51回総選挙。与野党が揃って消費税減税を主張するもんだから、違いを見つけるのも難しい。その「違い」を出そうと、中道改革連合や国民民主党は学生や若者向けの「家賃補助」や「安価な住宅提供」を公約に掲げている。選挙に関心がない20代、30代の若い層を取り込もうという算段だ。
ただし、残念ながら若い層の過去の投票率を見ると、6割以上が選挙に行っていない。「仕事があったから」「政党の政策がよくわからない」など理由はさまざまで、今回は「雪が降っていた」という言い訳も飛び出しそう。だが、逆に投票率が上がれば若い世代向けの公約は確実に増えてくるもの。それぐらい投票は大切なのだ。
そこで各世代別の投票率の推移を見てみよう。
■「黒い霧解散」から常に6割以上
まず団塊の世代の代表格、ビートたけし(1947年生まれ)世代だ。この世代は若い頃から“気合”が違っていた。たけし青年が初めて衆院選の投票権を得たのは、「黒い霧解散」と呼ばれた佐藤栄作首相時の第31回衆院選(1967年)。この頃、たけしは実家を出てひとり暮らしを始めた頃で、大学にも行かずプラプラ。この5年後にツービートを結成するが、まだ“何者でも”なかった頃だ。
当時のたけし青年が属する20代の投票率は66.69%。全体平均の73.99%より落ちるが、当時の70歳以上の56.83%を大きく上回っていた。
そのたけし青年が30代になって初めて行われた第35回衆院選(1979年)は、30代の投票率が71.06%へと大幅にアップ。漫才ブームが起きる前夜の頃だ。
映画「その男、凶暴につき」で監督業にも進出し、すでに大物芸能人になっていたたけしが、40代になった第39回衆院選(1990年)の投票率は、とうとう8割超えの81.44%。この選挙は消費税導入後初の総選挙で、全体平均の投票率も73.31%で有権者の関心は高かった。
バイク事故から復帰したたけしが50代になって行われた第42回衆院選(2000年)の投票率は71.98%。少し下がったとはいえ、依然として7割台をキープしている。
一番弟子のそのまんま東がいつの間にか宮崎県知事になり、たけし軍団を解散させた60代のたけし。第45回衆院選(09年)の投票率は84.15%と、やはり今では考えられないほどの高い投票率に戻った。この選挙は、言わずと知れた麻生政権下での与野党逆転の政権選択選挙だった。
「たけし世代も60代になって老後の関心が高くなった頃で、消えた年金問題など社会保障が注目された。民主党は公約で『年金制度改革』『税金のムダづかいと天下りの根絶』『高速道路の無償化』『年31.2万円の子ども手当て』などを掲げて圧勝しました。選挙後、社会保険庁は解体され、日本年金機構に改組されています」(ジャーナリスト・中森勇人氏)
結局、高速道路は東日本大震災の影響で無料化(休日上限1000円)は実現しなかったが、選挙によって社会が“少しだけ”変わった一例だ。一方、団塊ジュニア世代の選挙への関わり方はどうだろうか?

















