“エレベーター付”とネタになる「大阪城天守閣」が重文に 指定の背景を読み解くと、コンクリート造りがその価値を高めていた
あの誰もが知るコンクリートで造られた城が、重要文化財に指定されることになった。それは、“城なのにエレベーターがついている”などと、よくネタにされることも多い「大阪城天守閣」だ。1931(昭和6)年の完成で、昭和の時代に復興された天守の重要文化財指定は初めてである。
昨年は万博記念公園にある岡本太郎のゲージュツ作品「太陽の塔」が重要文化財に指定された。それに続く形で大阪城天守閣も指定されることになった。大阪のシンボルといえる建築が、立て続けに未来に伝えるべき文化遺産として評価されたわけである。
ただ、大阪市長の横山英幸氏など、地元ゆかりの著名人が喜びの声をSNSに投稿する一方で、「なんで昭和の再建なのに重要文化財になるのか」「コンクリートの城に価値はあるの?」といった疑問の声も飛び交っている。大阪城天守閣は一体どのような点が評価されたのだろうか。文化庁の発表資料をもとにひも解いてみよう。
■純粋に建築としてのデザインが優れている
第一に評価されたのはデザインの面である。意匠設計を担当したのは、京都帝国大学の教授を務め、日本の古建築の研究や調査を行った建築史家の天沼俊一である。天沼の作品は和歌山の金剛峯寺金堂などが重要文化財に指定されているが、建築史家らしく過去の建築からモチーフを引用して、新しくデザインを組み立てるのが得意だった。
大阪城天守閣は、当時現存していた他城の天守を調査し、さらに「大坂夏の陣図屏風」に描かれた豊臣秀吉が築いた天守をもとに構想したものである。細部のモチーフなどは史料を参考にしつつも、大幅に天沼の創造が入っているとされる。
それでいて、破風や窓の配置もバランスがいいし、全体に安定感があって風格がある。純粋に全体のデザインが優れていたからこそ、大阪のシンボルとして愛される建築になったのだと思われる。
豊臣の天守は30年、徳川の天守は39年で失われているが、3代目にあたる現在の天守は完成から95年目を迎えている。第二次世界大戦中の大阪大空襲でも焼失を免れ、もっとも長く維持されているのだ。平成になってからバリアフリー化の工事などが行われたが、館内外ともに竣工当時の面影を残している点も価値が高いポイントであろう。
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