正岡子規(1)2002年に殿堂入り…「野球」の名付け親は本当?
正岡子規と聞くと、病床に横たわり、苦痛に耐えながら俳句を作り続けた人、という姿が浮かびます。肺結核を患い、さらに脊椎カリエスに苦しめられ、34歳の若さで亡くなった。たしかに、その短い生涯の後半は病気との闘いでした。けれども若き日の子規は、ベースボールをこよなく愛する快活な青年でもあったのです。
アメリカの「ベースボール」に「野球」の訳を付したのは子規だった、という話を聞いたことはないでしょうか。これは厳密には正しくありません。「野球」の名付け親は、子規と同じく一高に学んだ中馬庚という人。一高ではセカンドを守り、帝国大学卒業後は教育者としての人生を送りました。1970年には、特別表彰で野球殿堂入りしています。
ただし、話は少しややこしい。中馬さんが「野球、やきゅう」と命名する以前に、子規も「野球」という文字を使っていたのです。といっても、読み方は「やきゅう」ではなく「のぼーる」。幼名の「升、のぼる」をもじった雅号でした。正岡子規ならぬ、正岡野球。ずいぶん野球が好きだったのですね。
また、子規は「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」などの訳語を用い、文章を通じて野球の面白さを伝えました。その普及への貢献が認められ、2002年には子規も野球殿堂入りしています。日本の近代文学を語るときに欠かせない人物が、日本の野球の歴史にも名前を残している。ちょっと愉快な話でしょう。
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