元テレ東・高橋弘樹×元横浜DeNA・高森勇旗「見込みのない新規事業の止め方」…虚栄心で突き進む社長を誰が“殺す”のか?

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冷静にものを見れば「退きどき」も見えてくる

高橋 僕は逆だと思っています。適切な例ではないかもしれませんが、東芝の場合、少し美しいとすら思いました。東芝は「不正会計事件」に手を染めてまで事業を進めていましたが、途中で考え直すタイミングはあったでしょう。それでも、見直さずに突き進んだ。だから、日本のとくにレガシー企業が何かに突っ込んでいなかったわけではないと思います。もちろん、その結果、東芝は失敗してしまったわけですが……。結局、ガバナンスの問題なんですね。うまくいっていない事業を“殺す”人が、社内にいなかったのが大きな問題かなと思います。

高森 企業が成長したり、衰退したりしていく流れは、年とかの短いスパンでは判断できないでしょう。年でもわからないかもしれない。レガシーと呼ばれる日本企業がアグレッシブに投資をしていないということですが、これが100年たったとき、いまの日本企業のやり方が大成功だったね、となるかもしれないし、やっぱり泥船が沈んでいったよね、となるかもしれない。そこは現時点ではわかりません。現状、絶望的に見えるかもしれないけれど、判断するのは時期尚早だと思いますね。

入山 かなり長い時間軸で捉えられているんですね。

高森 長い時間軸というより、一義的に見ないように心がけています。よく「日本は終わった」というようなことを言う人がいますが、世界をいろいろ回っていると、日本の素晴らしさをものすごく感じるわけです。これだけ貧富の差が少なくて、社会保障が安定していて、清潔な国はなかなかない。よその国は日本に比べてはるかに賃金が高いなどと言われますが、その代わり物価もものすごく高いですから。「一体どこに3ドルで牛丼が食える国があるんだ」という見方もできますよね。

入山 たしかに、ひとつの事象だけで物事全体を見てしまいがちですが、そうではなくて、もう少し俯瞰して見てみることが重要になってくると。

高森 そうすると、冷静にものを見られるようになり、退くべきときにきちんと退けるようになると思いますね。

《入山章栄の総括》

 一世風靡した「日経テレ東大学」の元プロデューサーで大人気番組「リハック」の現プロデューサーと、元プロ野球選手で現在超売れっ子の経営コンサルタント。この異色な組み合わせから、多くの学びが得られた。

 なかでも印象的だったのは「退く力」と「殺す力」、このどちらかが仕事をしていくうえで必ず必要ということだ。人は、自分の望んだキャリアや組織から「退く」ことを求められることがある。それは非常につらい経験だ。高橋さんと高森さんもその点は共通していた。結局のところ、人は身を退いたときに明るく前向きになれることは稀であり、何らかの苦しみをともなって退くのである。しかし、だからこそおふたりは、そこから新たな路を切り拓くことができた。高森さんが語ったように、どん底を経験しているからこそ、「もしこれから先が厳しくなっても、かつて落ちていたときも楽しかったのだから、そこに戻ればいい」と考えられるようになる。すなわち「退くことに慣れる」のである。おふたりの話を聞くと、「退く」という経験が人間の成長にいかに重要かがよくわかる。

 しかし問題なのは、誰しも「退きたい」とは思っていないことだ。むしろ多くの人が「成長したい」「成功したい」と願っており、たとえ自分にその能力がなかったり、見当違いの方向に進んでいたとしても、ムリにでも前へ進もうとする。人はなかなか、自ら退くことができないのだ。だからこそ、高橋さんが語ったように、「自分に代わって自分を殺してくれる存在」を、周りに配置することが重要なのだ。実際、経営コンサルタントとして高森さんが行なっている仕事は、まさに「経営者を殺す仕事」である。この視点に立つと、日本企業におけるガバナンス不全の根本原因も見えてくる。すなわち、退く勇気を持たない経営者に対して、それを退かせる「殺す力」を持つ仕組みが存在しなかったために、長らく機能不全に陥っていたのである。

 個人の仕事でも同じことが言える。自身の仕事に悩むなかで「やり尽くした」と感じたとき、「自分の限界を認めて退く勇気があるか」が重要なのだ。そして、万が一、自分にその勇気がないと思うならば、「自分をその仕事・キャリアから殺してくれる存在」をあらかじめ身の回りに置いておくことが大事なのだ。その相手は、信頼できる友人かもしれないし、上司や同僚、あるいは家庭のパートナーであるかもしれない。自分を殺せなければ、自分を退かせることもできない。そして、それができなければ次の成長もない。仕事論・キャリア論はつい、「成長」や「成功」にばかり目が向きがちだが、「いかに退くか」「いかに自分を殺せるか」こそが、本当の意味で重要なのだ。おふたりの話から、私はそのことを強く学んだのである。

  ◇  ◇  ◇

▽高橋弘樹(株式会社tonari代表取締役社長) 1981年、東京都生まれ。2005年に早稲田大学政経学部卒業後、テレビ東京入社。「家、ついて行ってイイですか?」「吉木りさに 怒られたい」などのヒット番組を企画・演出。21年よりユーチューブチャンネル「日経テレ東大学」の企画・制作統括を務め、23年2月に退社。同年3月に代表を務める株式会社tonariで、ビジネス動画メディア「ReHacQ」を開設。サイバーエージェントにも入社し、「ABEMA」で演出・プロデュースした「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」「世界の果てに、東出・ひろゆき置いてきた」の“せかはて”シリーズが人気を博す。

▽高森勇旗(株式会社HERO MAKERS.代表取締役) 1988年、富山県生まれ。岐阜県の中京高校で1年生のときから正捕手を任され、高校通算30本塁打を記録。2006年、横浜ベイスターズ(現・DeNA)にドラフト4巡目で指名され入団。08年、イースタン・リーグ(2軍)史上5人目・4年ぶり、リーグ史上最年少となるサイクルヒットを記録。12年に戦力外通告を受けて引退。その後、データアナリストやライターなどの仕事を経て、ビジネスコーチとしての活動を開始。16年、企業の上級管理職にコーチングを行なう株式会社HERO MAKERS.(ヒーローメーカーズ)を立ち上げ、代表取締役に就任。50社以上の経営改革にかかわる。

▽入山章栄(早稲田大学ビジネススクール教授) 1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所に入社。研究員、コンサルタントを経て、米ピッツバーグ大学経営大学院で経営博士号を取得。ニューヨーク州立大学バッファロー校で助教授を務めた後、2013年に日本に帰国し、早稲田大学ビジネススクール准教授、19年、同教授に就任。複数企業の社外取締役を務めるなど、理論と実務双方を実践している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)のほか『宗教を学べば経営がわかる』(文藝春秋、池上彰氏との共著)などがある。

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