「山にこもって木を伐採したり、草を刈ったり」 謹慎中の林業生活を報じたメディアは皆無だった
「黒い霧事件」が表面化した70年、野球賭博常習者との交際の疑いで、シーズン中、ある若手のスター選手が球団から謹慎処分を科せられた。その選手は短期間で処分が解除されたが、当時の番記者によれば、その選手は謹慎期間中、球団事務所近くの雀荘で連日麻雀に明け暮れていたという。
森本の謹慎期間中の山ごもりも、某選手の雀荘通いも、当時これを報道したマスメディアは皆無だった。
一方、年間勝率1位ながら南海とのプレーオフに敗れた4日後の73年10月28日、西本幸雄監督は、勇退を発表した。後任は西本の推薦もあり、上田利治コーチが昇格して新監督に就任する。西本は当初フロント入りの予定であったが、11月16日、一転して同一リーグの近鉄バファローズの監督に就任することになる。
監督を辞任した翌年に同一リーグの球団の監督に就任するケースといえば、72年、大洋監督を途中休養したのち、辞任した別当薫が73年に広島の監督に就任している。
また、98年オフにヤクルト監督から阪神監督に就任した野村克也、01年オフに中日監督から阪神監督に転じた星野仙一の例もあるが、いずれも物議を醸した。


















