「袴田事件の謎 取調べ録音テープが語る真実」浜田寿美男著

公開日: 更新日:

「ひとつおまえの行為っちゅうのを反省してもらいたいだ。俺らそれだけ要望するだよ、本当だで、な」と、口調は素朴だが、最初から有罪前提で執拗に反省を求める取り調べ官に、袴田巌は苦笑交じりでこう返す。

「それじゃまるで俺がやったってことにしかならないじゃん」

 時に反発をあらわにして犯行を否認していた袴田は、だんだんものを言わなくなる。「はい」「ええ」といった短い語句か、聞き取れないほどのつぶやきを発するだけになっていく。世にいう袴田事件の筋書きがつくられていく過程が、歳月を超えて生々しく伝わってくる。

 1966年6月30日未明。静岡県清水市で味噌製造販売業の専務宅が全焼、焼け跡から一家4人の遺体が見つかった。遺体には多数の刺し傷があり、ガソリンをまいて火をつけた痕跡があった。事件後、警察は住み込みの従業員、袴田を逮捕。袴田のパジャマから検出された微量の血痕「らしきもの」が証拠とされ、袴田は自白に落ちた。

 自白が決め手となって死刑判決を受けた袴田は、以後半世紀にわたって無実を訴え、再審請求を重ねたが、裁判所の重い扉は開かないまま、長い拘禁生活で心を病んでしまう。

 2015年、袴田が確定死刑囚のまま拘束を解かれた後、23巻もの大量の取り調べ録音テープが突然開示された。供述心理学者である著者は、大量のテープを徹底的に分析し、供述の心理学的な鑑定を行った。実際のやりとりからわかることは、犯人だけが知り得る「秘密の暴露」は皆無で、反対に「無知の暴露」が多々見られること。分析の結論は「自白が無実を証明している」というものだった。袴田が無実だとすると、この事件の謎の多くは説明がつく。しかしこの鑑定書を裁判所は一顧だにしなかった。それどころか批判した。法律実務家のかたくなさに慄然とする。

 著者は激しく憤っている。その憤りを共有することが再審の扉を開くことにつながるはずだ。

(岩波書店 2400円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  2. 2

    横綱・大の里まさかの千秋楽負傷休場に角界から非難の嵐…八角理事長は「遺憾」、舞の海氏も「私なら出場」

  3. 3

    2026年大学入試はどうなる? 注目は公立の長野大と福井県立大、私立は立教大学環境学部

  4. 4

    東山紀之「芸能界復帰」へカウントダウン着々…近影ショットを布石に、スマイル社社長業務の終了発表か

  5. 5

    「総理に失礼だ!」と小池都知事が大炎上…高市首相“45度お辞儀”に“5度の会釈”で対応したワケ

  1. 6

    大関取り安青錦の出世街道に立ちはだかる「体重のカベ」…幕内の平均体重より-10kg

  2. 7

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  3. 8

    義ノ富士が速攻相撲で横綱・大の里から金星! 学生相撲時代のライバルに送った痛烈メッセージ

  4. 9

    同じマンションで生活を…海老蔵&米倉涼子に復縁の可能性

  5. 10

    独立に成功した「新しい地図」3人を待つ課題…“事務所を出ない”理由を明かした木村拓哉の選択