「仕事のためには生きてない」安藤祐介氏

公開日: 更新日:

「仕事のためには生きてない」安藤祐介氏

 ドラマ化された作品をはじめ、数多くの「勤め人小説」を描いてきた著者は、自身も現役の勤め人という二刀流の作家だ。その集大成とも言える最新作は、サラリーマンなら誰もが分かる“あるある”がふんだんに詰まった、悲哀と希望の物語である。

「私事ですが、今作はデビュー15年目の節目となる作品です。そこで、5回の転職を経た私自身の経験をはじめ、これまで描いてきた作品のエッセンスをこれでもかと詰め込みました。“この登場人物はあの時の自分みたいだ”と感情移入できる場面が、きっとあると思います」

 主人公の多治見勇吉は、老舗食品メーカーに勤める35歳。広報宣伝部に所属し、5代目社長の舌禍でSNSが炎上するたびに火消しを図ってきた。しかし、そんな経験がアダとなり、とんでもない仕事を命じられるところから物語は動き出す。

「役に立たない、無意味で不必要な仕事を指す『ブルシットジョブ』という言葉があります。会議のための会議、資料のための資料作り、稟議対策のための根回しなどに振り回され、仕事のモチベーション維持に苦労する勤め人は少なくないはずです。私もかつての職場で何度も経験したことで、日本企業の大きな課題でもありますね」

 食品への異物混入という不祥事の直後、社長が「スマイルコンプライアンス」なる謎の造語を発信し、世間では能天気だ、不謹慎だと大炎上が起きていた。そこで上層部が考えたのは、社長によるありがたいお言葉を形にすること。勇吉は、その統括リーダーを押しつけられてしまう。

 しかし、社内の誰ひとり「スマイルコンプライアンス」が何なのか分からない。分からないものを具体化し、役員たちに根回し行脚を行い、コンプライアンス委員会で承認を得なければならない。ところが、社長に忖度する役員たちは、思いつきの提案をしてはハシゴ外しを繰り返すばかりで、仕事は遅々として進まない。

「勇吉の35歳という年齢は健康診断の項目も増え、若者とおじさんのはざま。さらに勤め人としても若手なのか中堅なのか微妙な世代で、職場でもしんどい思いをする人が多いかもしれない。それでも私は“職場も世の中も捨てたもんじゃない”と感じてもらえたらと思っています」

 やがて、勇吉はメンタルの不調に襲われる。【社内調整ばかりで時間に追われ、何も進まない空転の日々を重ねた】という一文が胸を刺す。会議で上層部の理不尽にさらされ続けるシーンは、経験者であれば読んでいて冷や汗が出るリアルさだ。

 本作のタイトルを見ると、今の職場を見限って転職するのかと思えるが、勇吉は今いる場所を変える戦いに挑む。そのキッカケとなるのが、余命宣告を受けた友人の、【クソして寝て、起きて働いて飯を食え。それだけですげえことなんだよ】という言葉だ。

「勤め人にとって、会社は人生の大半を過ごす場所なので、どうせならプラスの感情を持っていたいもの。勇吉のブルシットジョブへの反撃で、多くの勤め人が元気になってくれればうれしいですね」

(KADOKAWA 1980円)

▽安藤祐介(あんどう・ゆうすけ)1977年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2007年「被取締役新入社員」でTBS・講談社第1回ドラマ原作大賞を受賞。「六畳間のピアノマン」「夢は捨てたと言わないで」「不惑のスクラム」「就活ザムライの大誤算」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「おまえになんか、値がつかないよ」編成本部長の捨て台詞でFA宣言を決意した

  2. 2

    【原田真二と秋元康】が10歳上の沢田研二に提供した『ノンポリシー』のこと

  3. 3

    カーリング女子フォルティウスのミラノ五輪表彰台は23歳リザーブ小林未奈の「夜活」次第

  4. 4

    3度目の日本記録更新 マラソン大迫傑は目的と手段が明確で“分かりやすい”から面白い

  5. 5

    国分太一“追放”騒動…日テレが一転して平謝りのウラを読む

  1. 6

    福山雅治&稲葉浩志の“新ラブソング”がクリスマス定番曲に殴り込み! 名曲「クリスマス・イブ」などに迫るか

  2. 7

    「えげつないことも平気で…」“悪の帝国”ドジャースの驚愕すべき強さの秘密

  3. 8

    松岡昌宏も日テレに"反撃"…すでに元TOKIO不在の『ザ!鉄腕!DASH!!』がそれでも番組を打ち切れなかった事情

  4. 9

    年末年始はウッチャンナンチャンのかつての人気番組が放送…“復活特番”はどんなタイミングで決まるの?

  5. 10

    査定担当から浴びせられた辛辣な低評価の数々…球団はオレを必要としているのかと疑念を抱くようになった