赤神諒(作家)
結局のところ、面白い話とは小手先のテクニックではない。日々の読書という「食事」と、思考の積み重ねによって作られる「知的筋肉」そのものなのである。
私の突き詰めたい「面白さ」そのものは、明確に定義されていない。ただ、30年以上「法」と格闘しても、いまだに私が「正義とは何か」に即答できないのと同じか。小説の面白さも、人により違う。でも、定義不能な深淵があるからこそ、人はその迷宮に挑み続ける。面白さとは、無限に創造が可能な、豊穣な「余白」にこそ咲くのだろう。
理屈は理解したが、現実は厳しい。「この前の小説読んだけど、もっと笑いを入れたら?」と同僚に言われる始末だ。面白さへの道は、遠く険しい。今日も私はジムでブルガリアン・スクワットをし、書斎で本というダンベルを上げつつ、脳と体の筋肉を同時に鍛え続けるしかないようだ。


















