著者のコラム一覧
奥野修司ノンフィクション作家

▽おくの・しゅうじ 1948年、大阪府生まれ。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で講談社ノンフィクション賞(05年)、大宅壮一ノンフィクション賞(06年)を受賞。食べ物と健康に関しても精力的に取材を続け、近著に「本当は危ない国産食品 」(新潮新書)がある。

「がんで死ぬのはいいが、認知症だけはなりたくなかった」

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 認知症だから何も分からないだろうと勘違いして、モノのように扱われたら、当事者は落ち込み、暴言や暴行といった方法で抵抗する。

 それでも「認知症の人がその程度で傷つくような感情を持っているの?」と言われる方がいる。認知症になったら何も分からなくなると思っているからだろう。私も数年前はそうだった。

 ではなぜそう思うのだろうか。実は、根拠はなく、そう信じているだけなのだ。

 昔は認知症になっても「長生きすればボケることもあるんだ」程度の穏やかなものだった。それが1970年に高齢化社会に突入すると、痴呆が社会問題となり、〈認知症の人=人格が壊れた人〉というイメージが出来上がる。有吉佐和子さんの小説「恍惚の人」には「人格欠損」という言葉が使われているほどだ。〈人格が壊れた人〉が家族の中にいるのは困る、というわけで、認知症(当時は痴呆)になったら家族は隠した。また、当時は認知症初期の検査もないから、本人も忘れることが増えると認知症を恐れて隠れた。

 引きこもりは症状の進行を早める。中には数年で正常な会話ができなくなった人もいるだろう。症状が進めば、家族は介護に手があまるようになり、どうにもならなくなって精神病院に駆け込んだ。世間の人が認知症の人を目にするのはこの時で、これが日本人の認知症観になっていったのだ。

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