イラストレーターの近藤さやかさん悪性リンパ腫との闘いを語る

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1回目の抗がん剤投与で腫瘍は完全に消失

 そんなとき、兄が一冊の本を送ってくれました。普段なら手に取らないようなスピリチュアル系の本でしたが、当時の私にはその言葉のひとつひとつが深く響き、自然と涙がこぼれました。読み進めるうちに、次第に心が整っていくのを感じました。

 3週間後、がんであることが確定しましたが、不思議と冷静に受け止めることができました。

 治療は、3週間ごとに1回、計6回の抗がん剤投与。幸いにも治療は順調に進み、1回目の投与で腫瘍は完全に消失。医学の進歩のすばらしさを実感しました。その後も計画どおり治療を続け、5回目の投与を終えた時点で職場に復帰。同僚たちが温かく迎えてくれたことを今でも鮮明に覚えています。

 ところが、大変なことは続くもので、治療からおよそ1年後、長年所属していた部署が解体となり、業種の異なる部門へ異動することになりました。抗がん剤治療の影響がまだ心身に残る中で、新しい環境に適応するのは想像以上に難しく、半年ほどで心が折れてしまい、再び休職することになりました。

 休職中、私を心配した兄が「また絵を描いてみたら?」と声をかけてくれました。その一言がきっかけで、長い間遠ざかっていた絵を再び描き始めたのです。思えば、それが今日につながる最初の一歩でした。

 休職の期間中は、さまざまなことを考えました。働くとは何か。仕事とは、生きがいとは、そして“生きる”とは何か。会社の上司とも定期的に面談を重ね、真摯に話を聞いていただきました。大手企業で待遇も安定しており、辞めてしまうのは惜しいと周囲からも言われましたし、私自身も迷いがなかったわけではありません。それでも、これからは自分の気持ちに正直に、心から納得できる人生を歩みたい。その思いは揺らぐことがありませんでした。そして約10年勤めた会社を退職し、フリーのイラストレーターとして独立しました。

 どん底から這い上がり、ここまで歩んでくることができました。今の仕事である「絵を描くこと」は、まさに天職だと感じています。この生き方にたどり着けたのは、病気との闘いがあったからこそ。あの経験が、私に“生きること”そのものを見つめ直す機会を与えてくれました。

 闘病中、たった一枚の写真に励まされたことがあります。だからこそ、私の絵も、どこかで誰かの心にそっと明かりをともすような存在になれたらこれほどうれしいことはありません。いつか病院の中に、患者さんもご家族も、医療従事者の方々も、ほんのひととき心が軽くなるようなアートギャラリーをつくる。それが、今の私の目標のひとつです。 (聞き手=松永詠美子)

▽近藤さやか(こんどう・さやか) 大阪府生まれ。幼少期からアートに親しみ、独学で絵を学ぶ。16歳でカナダに1年間語学留学し、自己表現の大切さを実感。大学卒業後は長年会社員として設計デザインやディレクション、営業など幅広い業務に携わる。2022年に独立し、百貨店での個展開催をはじめ、広告イラスト、デザイン監修など多様な分野で活躍。国際アートフェア「UNKNOWN ASIA2023」でHOMES賞を受賞。Kindle著書「初心者さん必見!!超簡単に始められるNFTアート販売方法」がある。

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