誰にも言えないまま…アイドル市ノ瀬律さん「乳がん」との闘い
卵子凍結をするのか…決断を迫られた
医師には「しこりの大きさから、だいぶ進行している可能性がある。術後は抗がん剤治療になるかも」と言われました。そこで持ち上がったのが妊孕性温存療法手術です。妊孕性とは、妊娠・出産する能力のこと。抗がん剤治療のあとも妊娠や出産の可能性を残すため、卵子凍結をするかしないかの決断を迫られました。
乳がん手術が前倒しの日程で組まれる中、ゆっくり考える暇もなく卵子凍結を決めました。
術後、体が回復するのを待って妊孕性温存療法がスタートしました。2週間毎日、朝昼晩の3回、自己注射を打ちました。それは、自然の月経周期では月に1個しか育たない卵子をなるべく多く育てるための注射です。アイドル活動をしながらそれをやり続けるのは大変でした。おかげさまで将来に希望が持てるくらいは採取でき、現在凍結中です。
アイドル活動に集中する今は具体的には考えられていませんが、将来選択できる希望があるということが心の支えになっています。
ただ、手術で切除してみたら幸いがんの進行は浅く、非浸潤がんだったためステージは1。術後はホルモン治療になりました。皮膚の表面を残しての全摘手術は、私の仕事を理解してくださった主治医の配慮でした。
術後は、少し体を動かすだけでも痛くて、ライブに戻れる日が来るのか自信が持てないくらいでしたが、私はなんとか2週間で退院。傷口から出てくる体液をためる袋と管を付けたままでした。
その後はホルモン治療を続け、あとは治っていくだけだと思っていました。ところが25年5月に再発が発覚。皮膚の一部にがんが残っていたようです。その部分を切除する手術を受けました。
術後はホルモン治療の薬を変更し、胸の再建手術をして、今年に入って放射線治療を1カ月間受けました。
そんな中でも仕事はできるかぎりやり続けました。迷惑な話ですが、「倒れるならステージの上で」と思っていました。一度も倒れませんでしたけど(笑)。
学生時代は「死にたい」が口癖のメンタル弱めの人間でしたが、アイドルであるからには人前では笑顔でありたい。ファンの方々は大切な時間とお金と労力をかけて来てくれるのですから、元気な姿を見せる責任があると思っています。
ホルモン治療は、がん治療の中でも比較的軽めな治療です。それでも最初は副作用に苦しみました。更年期障害によくあるホットフラッシュや身体のだるさ、気持ちの落ち込みなどで元気が出ないのです。自分の理想のアイドル像でいられないことが本当に苦しかったです。
今も日々ホルモンの薬を飲んでいます。3カ月に1回経過報告をし、年に1回エコーと血液検査、半年に1回ホルモン注射を打っています。このホルモン注射が痛くて、その日は活動をお休みするほど……。ホルモン治療は30年まで続く予定です。
当たり前の毎日などないことを学びました。何でもない毎日が本当に尊いのだと。こんな私だからこそ届けられるものがあると信じてさまざまな心に寄り添うことができる歌を歌っていきたいです。
(聞き手=松永詠美子)
▽市ノ瀬律(いちのせ・りつ) 1994年、埼玉県生まれ。学生時代にはアマチュアバンドやコスプレーヤーとして活動し、2018年からアイドル活動を開始するもコロナ禍により解散。オーディションに合格し、アイドル育成型ライブカフェ「I☆DOLL」を拠点に活動する5人組アイドル「大宮I☆DOLL」に加入したのは22年。現在キャプテンを務め、第17代さいたま観光大使でもある。
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