中東情勢と「地域の集会場」の共通点とは? 過去の肩書にこだわらない老後生活を
「私は毎日1万歩、歩いている」
「私は膝にボルトが入っている」
公民館の集会場に響くのは、健康自慢と病気自慢の“不協和音”である。
さらに茶菓子が配られれば、「あっちの席にはまんじゅうが行った」「こっちはせんべいだ」と、視線が鋭く交差する。まさに人間関係の「狂騒曲」である。
飲み会や茶話会の席でも、かつての仕事の癖は抜けない。元経理だった人が領収書を片手に1円単位の正確さを求めれば、元営業職は「1000円ずつでいいじゃないか」とどんぶり勘定で押し通そうとする。
長年培ってきた金銭感覚が火花を散らすその光景は、せっかく築いてきたつながりをバラバラにする人間関係の「核分裂」のようだ。重すぎるウランが、その不安定さゆえに割れて火花を散らすのと同じである。
だが、物理学にはもう一つのエネルギーの形がある。それは「核融合」である。最も軽い水素が猛烈な力を乗り越えて、原子ごと一つに溶け合って太陽のように輝く。

















