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六川亨サッカージャーナリスト

1957年、東京都板橋区出まれ。法政大卒。月刊サッカーダイジェストの記者を振り出しに隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任。01年にサカダイを離れ、CALCIO2002の編集長を兼務しながら浦和レッズマガジンなど数誌を創刊。W杯、EURO、南米選手権、五輪などを精力的に取材。10年3月にフリーのサッカージャーナリストに。携帯サイト「超ワールドサッカー」でメルマガやコラムを長年執筆。主な著書に「Jリーグ・レジェンド」シリーズ、「Jリーグ・スーパーゴールズ」、「サッカー戦術ルネッサンス」、「ストライカー特別講座」(東邦出版)など。

反町監督は最終予選中に五輪監督に専念する決断を下した

公開日: 更新日:

サッカー日本五輪代表物語 #11

 現在JFA(日本サッカー協会)技術委員会の委員長を務める反町康治が、2008年北京五輪の代表監督に決定したのは、2006年5月のことだった。

 それまで01年から05年11月までJ新潟で指揮を執り、当時J2だったチームを初のJ1に昇格させた。

 当時のジーコ監督率いる日本代表は、2006年ドイツW杯で2大会連続のグループリーグ突破に期待がかかっていた。

 しかし、初戦のオーストラリア戦(当時はオセアニア代表)で逆転負けを喫すると続くクロアチア戦は0-0のドロー決着。

 第3戦のブラジル戦はFW玉田のゴールで先制するも、エースFWロナウドに同点ゴールを許すとその後も3失点を食らって1-4と敗れ、グループリーグで敗退した。

 期待が高かった分、失望も大きかった。

■「オシムって言っちゃった」事件

 そしてドイツW杯から帰国したその足で開かれた総括会見で川淵三郎JFA会長は、後任監督について「(五輪代表の)監督はあくまで反町」と規定路線通り、反町監督と正式契約を結ぶことを明言しながら「総監督として『オシム』が……あっ、オシムって言っちゃったね」と次期日本代表の監督候補の名前を漏らしてしまった。

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