「野球を行うとよからぬ人間になる」という風潮の中で…皇室の野球観戦の古い歴史
3月8日、WBC1次ラウンドの日本-豪州戦を天皇、皇后両陛下と長女の愛子さまが観戦された。野球の国際試合では1966(昭和41)年11月の日米野球以来、60年ぶりの「天覧試合」となったが、皇室の野球観戦の歴史は古い。
最初の野球観戦は、大正天皇の皇太子時代だった。12(明治45)年5月に早大の紅白戦をご覧になったとき、と伝えられている。この時代、野球に対する風当たりは強く、野球を行うとよからぬ人間になる、との風潮があった中での観戦となった。
皇室初のプロ野球観戦は、皇太子時代の上皇による47(昭和22)年11月9日だが、なんと雨天中止となっている。後楽園球場での金星VS東急、阪神VS中日の変則ダブルヘッダーで、第1試合の二回に雨が強くなり、中断・中止となった。上皇は控室で若きスターの“青バット”こと東急の大下弘らと会話を交わしたそうである。歴史家によると、上皇は和菓子とコーヒーを求めた、という。
皇室で多くの野球を観戦し、球史に登場したのが昭和天皇だった。
和歌山県や静岡県で高校野球を、神宮球場で東京六大学リーグ戦を見ている。皇太子時代の26(大正15)年に東京六大学の試合を観戦したのを機に、現在の優勝校に贈られる天皇賜杯(当時は東宮杯)が生まれた。最初の授賞は早大だった。
■関連記事
- 【もっと読む】金田ロッテはキャンプ中に「生理(性処理)休暇」を堂々と導入!監督就任翌年に日本一を達成した
- 【仰天野球㊙史】球界改革の絶好機が消滅 幻に終わった“現場出身”西本幸雄のパ・リーグ会長就任
- 【仰天野球㊙史】「始球式」の第1号は1908年にあの総理大臣…「打者空振り」が定着したまさかのきっかけ
- 【仰天野球㊙史】大リーグ大物オーナーが生んだ珍記録…連敗に激怒、強硬手段で監督就任も“1試合でクビ"
- 【仰天野球㊙史】「よからぬ商売」で大儲け “稀なるフィクサー”小西得郎は粋筋の置屋から3球団の監督を歴任した
- 【仰天野球㊙史】甲子園“ラッキーゾーン”誕生秘話 「ファンが湧くのは本塁打」若林忠志は監督就任に条件を付けた


















