「世界を変えた本」マイケル・コリンズ神父他著 樺山紘一監修 藤村奈緒美訳

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 現在の人類の発展があるのは、言葉の獲得と本の登場によって知の蓄積が可能になったからといっても言い過ぎではないだろう。

 本書は、人類の発展に偉大なる功績を残したそんな名著の数々を紹介する豪華ビジュアルブック。

 印刷術が発達する15世紀まで、ほとんどの本は巻物か冊子写本だった。古代エジプトでは少なくとも4600年前に文字などを記したパピルスで巻物を作っていた。その古代エジプトで紀元前1991年から前50年ごろまで作られていたのが副葬品として墓に納められた葬祭文書「死者の書」だ。死者が冥界を旅するための手引書で、故人の希望や死後の世界の必要性に合わせて作られ、ひとつとして同じものはないという。

 エジプト王の書記フネフェルのものや、大司祭の娘だったネシタネベトイシェルウの現存するものでは最長37メートル近くもある死者の書(写真①)を紹介しながら、その概要を解説する。

 書物は賢者や預言者の言葉を時空を超えて伝え、世界的宗教の誕生にも貢献した。

 藍色に染められたベラム(羊皮紙)に金色の文字で書かれたイスラム教の聖典「ブルー・コーラン」(850~950年ごろ)は、数あるコーランの中でも特に美しいものとして現代に伝わる。

 本を書き写すという行為自体が信仰の証しでもあり、大勢の修道士が関わり、四福音書にもとづいて制作された彩飾写本「ケルズの書」(800年ごろ=写真②)は、もはや芸術品の域に達している。

「ディオスコリデスの薬物誌 ウィーン写本」(512年ごろ)は、皇帝ネロの治世下のローマで活躍した医師ペダニウス・ディオスコリデスが薬草による治療法を記した本の現存する最古の写本。原本は70年ごろに書かれ383種の薬草と200種の植物の薬効が記されている。なんと1930年代にこの「薬物誌」に基づいた治療をした記録があり、2000年近くも薬理学の規範となる資料として用いられてきたという。

 本が希少だった時代、知識の原動力として重要な役割を担ったのが書物を収集する図書館だった。しかし、グーテンベルク聖書の登場以降、小型で安価な印刷本が出回る。

 ベネチアの印刷出版業者アルド・マヌーツィオが世に送り出した「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」(1499年=写真③)は、イタリア・ルネサンス期のもっとも美しい挿絵本とされる。

 以後、多声音楽の楽譜「アルモニチェ・ムジチェス・オデカトン」(1501年)や世界の全容を地図や図版で紹介するセバスティアン・ミュンスター「コスモグラフィア」(1544年)、人類の宇宙観を変えたガリレオ・ガリレイの「二大世界体系についての対話」(1632年)、そして聖書と並ぶベストセラー「毛沢東語録」(1964年)まで。紀元前から20世紀までの名著80余冊を、美しい図版で紹介する。

 これらの本は物としての美しさも併せ持ち、読者は人類が積み重ねてきた知と想像力のその膨大な堆積にただ圧倒されることだろう。

(エクスナレッジ 3800円+税)

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