「宿無し弘文」柳田由紀子著

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 著者はアメリカ在住のジャーナリスト。ある禅僧の実像を追い求めて旅に出た。僧の名は乙川弘文。アップルの創業者、スティーブ・ジョブズが師と慕った人物である。

 弘文は1938年、新潟県の禅寺に生まれた。京都大学大学院で仏教学を学んだのち、曹洞宗大本山、永平寺で修行。67年、請われて渡米し、カリフォルニアにいくつかの座禅道場を開いた。道場には、既存の価値観に反発し、生き方を模索する若者たちが集まっていた。まだ無名のスティーブ・ジョブズもそのひとりだった。

 風来坊のような弘文を追いかける長旅は、カリフォルニアに始まり、日本、ニューメキシコ、ヨーロッパへと続く。訪ね歩いた多くの人たちが、自分の知る「弘文さん」を語った。子どものように無垢で純粋な人。日頃は良寛さん、こと女に関しては一休さん。多分に天然ボケで、完璧からは遠い人。第2の皮膚のように禅を身につけた本物の僧侶。ぐうたら、大酒飲み、破戒僧……。人に会うたび、話を聞くたびに、弘文像が揺らいだ。

 若き日、真摯に求道し、「一生、独身を貫く」と誓っていた弘文は、渡米後、変貌する。2度結婚し、5人の子をもうけた。2人の妻はどちらも常人の目には「難儀な女性」と映った。最初の妻ハリエットは傍若無人な弘文の弟子たちに憤り、2度目の妻キャトリンとの間の長女タツコは「できることなら父とも呼びたくない」と言い放つ。弘文は多くの弟子を救う一方で、家族を苦しめた。最期は小さな池に落ちた5歳の末娘を救おうとして、ともに溺死。64歳だった。

 旅の終わり近く、日本の僧侶が著者に言う。

「弘文さんは、女性たちとともに自ら“願って”地獄に落ちたんだ……」

 地位も名誉も捨て、異国の地で泥をかぶって衆とともに生きることを選んだ弘文。混沌としていたその姿は、最後に泥中の蓮となって像を結ぶ。

(集英社インターナショナル 1900円+税)

【連載】人間が面白い

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