「野球を行うとよからぬ人間になる」という風潮の中で…皇室の野球観戦の古い歴史
昭和天皇と野球……といえば59(昭和34)年6月25日の天覧試合が有名だ。後楽園球場での巨人VS阪神で、お帰り予定十数分前の九回裏に巨人の長嶋茂雄がサヨナラ本塁打を放った一戦である。このホームランは野球史の中で、「近代野球の扉を開いた一撃」といわれている。長嶋と王貞治との最初のONアベック本塁打でもあった。
現在の天皇も野球愛好家である。小学生の頃は巨人のユニホームを着てプレーした。お気に入りの選手は巨人の末次民夫(のちの利光)で、その背番号「38」を付けていたほど。70(昭和45)年の日本シリーズ(巨人VSロッテ)を観戦したとき、三塁打を放った末次を見たのがファンになるきっかけだったそうである。末次は翌71年の阪急との日本シリーズでMVPを獲得、期待に応えた。
平成の天皇も美智子妃殿下と球場に足を運んだ。女子の硬式野球大会を2023年に観戦したのは秋篠宮の次女佳子さまだった。
皇族の国際試合観戦を振り返ると、66年の日米野球の全日本VSドジャース、WBCの第1回大会などがある。皇室がスポーツ観戦したときの名称はさまざま。
皇族観戦は「台覧試合」「上覧試合」などと言う。台覧、上覧は「身分の高い方」を意味する。天皇が観戦したときにのみ、「天覧試合」と呼ぶ。
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