競歩・池田向希が潔白を証明! ロス五輪へ歩き続ける姿を心待ちにしている人たちはいる
競歩は人気種目ではないが、個人的にけっこう好きだ。電子判定が幅を利かす時代に、審判の目視が絶対というオールドなモラルがいい。なぜ走らないか問われれば「そう決めたんだ」と言わんばかりの姿もいい。中山竹通さんは知人のコーチに教わり歩いたそうだ。「あれはキツイ。嫌だ。やりたくない」とマラソンのレジェンドは眉間にシワを寄せた。
技術と規則──2007年の大阪・世界陸上選手権の50キロ競歩でのこと。山崎勇喜がラスト1周の誘導ミスで失格になった。ひた謝りの審判員に、歩形の美しいウオーカーは「ボクも違うんじゃないかと思ったんですが」と言った。涙が出た。早くゴールしたかったのだ。走りたいけど走れない。止まりたいけど止まらない……歩けメロス! なんと文学的競技だろう。
今世紀に入り、お家芸のマラソンでケニア勢の存在が顕著になった。日本陸連専務理事だった澤木啓祐さんが強化に乗り出し、閉鎖的だった競歩界に女子マラソンの鈴木従道コーチを送り込むなど風通しをよくした。
ケニア勢のマラソン進出は都市マラソンの隆盛=プロ化=賞金という背景と重なり、競歩は彼らの目標になりにくかった。そこに目を付けたわけだが、時代は変わった。距離は短縮され、シューズが開発され、ケニアからもトップウオーカーが出ている。2年間の空白は大きく、ロサンゼルスへの歩みは険しい。それでも、池田が歩き続ける姿を心待ちにしている人たちはいる。



















