「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」北村紗衣著

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 書店の店頭でこの本を目にしたとき、タイトルに引かれた。これはイギリスの古い童話の歌詞、「女の子って何でできてるの? お砂糖とスパイスとあらゆるすてきなもので」からとったものだそうだ。でも、著者はこの「すてきなもの(nice)」に引っかかった。私たちは別にナイスなものではできていないし、ナイスになる必要なんてないんだ――そういう意味が込められているという。本書は、従来の男性中心的な社会の中でつくられたテクストを男性中心的な視点で読むという批評スタイルに対して、フェミニズムの立場からテクストを読んでいくものだが、タイトルにもそれが応用されているわけである。

 たとえばディズニーのアニメ「シンデレラ」。おとなしく受動的なヒロイン像、結婚が女性の幸せのすべてであるかのような展開……。こうしたお姫様ファンタジーに仕立てられる以前は、もっと能動的な主人公が登場する物語が世界各地で流通していて、それらの牙を抜いたものがディズニー・アニメだとする。一見自由を訴えているかに思える「アナと雪の女王」も、多様なクリエーティビティーを社会的役割の中に押し込める方向に向いていることを論証していく。

 その他、アガサ・クリスティのミス・マープル・シリーズに出てくるレズビアンの描写や、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」の「マダム」とエミリ先生との同性愛を指摘し、それぞれの作品の深層へいざなう。

 著者の筆致は極めて軽やかで、扱われる題材も映画、古典(著者の専門はシェークスピア)、ミステリー、SF、アニメと幅広い。フェミニズムという視点を入れ込むことで、同じ作品がこれまでとはまったく違った広々としたフィールドに置かれていく。知的興奮に満ち満ちた快著。 <狸>

(書肆侃侃房 1500円+税)

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