「原子力時代における哲学」國分功一郎著

公開日: 更新日:

「いかなる仕方で、この途方もないエネルギー(原子力)が――戦争行為によらずとも――突如としてどこかの箇所で檻を破って脱出し、いわば『出奔』し、一切を破壊に陥れるという危険から人類を守ることができるのか?」

 3・11を経験した今、この問いかけには誰もが共感するだろう。しかしこれが語られたのは1955年で、語ったのは「存在と時間」で有名な哲学者ハイデッガーだ。

 第2次大戦後、米ソ核競争の激化、第五福竜丸の被曝(ひばく)により核兵器に対する危機感は高まっていた。しかし、54年に原子力の平和利用というスローガンが唱えられて以来、右も左もこぞってこの「無尽蔵のエネルギー」に夢を託すようになる。

 あの大江健三郎も原子力研究に期待し、いち早く核兵器の問題を哲学的に論じ反核運動のリーダー的存在だったギュンター・アンダースさえも原発についてはほとんど言及していない。そうした中、ハイデッガーだけが原子力がはらむ危険性を鋭く正確に指摘していた。

 著者は、なぜハイデッガーが核戦争よりも核技術の方が問題であり、第3次世界大戦の危機が去った後にこそ、原子力による真の危機が迫っているという先見的な洞察をなしえたのかを、ハイデッガーの論述を事細かにたどりながらひもといていく。そして、ハイデッガー以外の哲学者、思想家たちが、どうして無批判に原子力に引かれてしまったのかという要因についても考察を進める。

 著者自身、東日本大震災の原発事故が起こるまで原発のことを真剣に考えてこなかったという。そうした反省のもとに今、哲学こそが取り組むべき課題として考えてきた道筋が本書に記されている。我々も、著者の思索をたどることで原子力を自らの問題として取り込まねばならないだろう。

 <狸>

 (晶文社 1800円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    年収1億円の大人気コスプレーヤーえなこが“9年間自分を支えてくれた存在”をたった4文字で表現

  2. 2

    くら寿司への迷惑行為 16歳少年の“悪ふざけ”が招くとてつもない代償

  3. 3

    映画「国宝」ブームに水を差す歌舞伎界の醜聞…人間国宝の孫が“極秘妻”に凄絶DV

  4. 4

    “やらかし俳優”吉沢亮にはやはりプロの底力あり 映画「国宝」の演技一発で挽回

  5. 5

    山尾志桜里氏“ヤケクソ立候補”の波紋…まさかの参院選出馬に国民民主党・玉木代表は真っ青

  1. 6

    ドジャース佐々木朗希 球団内で「不純物認定」は時間の問題?

  2. 7

    フジテレビCM解禁の流れにバラエティー部門が水を差す…番宣での“偽キャスト”暴露に視聴者絶句

  3. 8

    国分太一は“家庭内モラハラ夫”だった?「重大コンプラ違反」中身はっきりせず…別居情報の悲哀

  4. 9

    輸入米3万トン前倒し入札にコメ農家から悲鳴…新米の時期とモロかぶり米価下落の恐れ

  5. 10

    慶大医学部を辞退して東大理Ⅰに進んだ菊川怜の受け身な半生…高校は国内最難関の桜蔭卒