太田肇(経営学者・同志社大学教授)

公開日: 更新日:

10月×日 仕事の関係者数人と久しぶりに街へ繰り出し、食事をとった。コロナ禍の緊急事態宣言が明けてはじめて外で飲む酒はとびきりおいしかった。欧米のような厳しい規制やロックダウンなしでもこれだけ感染者が減り、外で飲食できるようになったのは「世間」の力のお陰だろう。しかし他方では「自粛警察」やワクチン接種の圧力など世間の暗い面も浮き彫りになるなど、コロナ禍では何かにつけて「世間」の存在がクローズアップされた。

 犬飼裕一著「世間体国家・日本」(光文社 968円)が述べているように、企業、学校、家庭、国家などあらゆる社会で私たち日本人は世間の目を意識しながら生きているのだ。

11月×日 テレビで昨夜のハロウィン騒動が報じられた。渋谷では今年も大音量で音楽を流し、奇抜なかっこうをした若者が路上飲みをしたり騒いだりして地元民の顰蹙(ひんしゅく)を買ったそうだ。彼らは世間や世間体にはまったく無関心に見える。しかし社会心理学者の井上忠司はかつて奇抜な服装をした「フーテン族」について、世間の常識から故意に外れようとしている点で彼らも世間にとらわれており、自己顕示欲むき出しの行動は世間体の裏返しだと喝破した(井上忠司著「『世間体』の構造」日本放送出版協会)。

「世間論」で知られる阿部謹也によると、日本人は自己の中に自分の行動について絶対的な基準や尺度を持たず、他の人間との関係の中に基準を置いている(阿部謹也著「『世間』とは何か」)。キリスト教やイスラム教などそれぞれの文明圏を特色づける信仰の体系を、現在の日本で担っているのが「世間体」だと犬飼はいう。いずれにしても絶対的な基準がないため、世間の拘束力には歯止めがかからない。SNS上の世間で炎上やバッシングが激化していることを見ても、コロナ禍の鎖国状態で世間の空気がいっそう濃くなり、息苦しさが増しているようだ。世界中のコロナ禍が終息し、「世間」が落ち着く日が待たれる。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  2. 2
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  3. 3
    試合ガタ減り、選手クーデター未遂…“不毛の8年”で晩節汚した青木功JGTO会長ついに退任

    試合ガタ減り、選手クーデター未遂…“不毛の8年”で晩節汚した青木功JGTO会長ついに退任

  4. 4
    岸田自民は補選「全敗」確定情報…島根1区も水面下で“白旗”揚げちゃった? 党幹部すら諦めモードの末期状態

    岸田自民は補選「全敗」確定情報…島根1区も水面下で“白旗”揚げちゃった? 党幹部すら諦めモードの末期状態

  5. 5
    ソフトB山川穂高を直撃「古巣への不義理、SBファンの拒否反応をどう思っていますか?」

    ソフトB山川穂高を直撃「古巣への不義理、SBファンの拒否反応をどう思っていますか?」

  1. 6
    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

    松本人志に文春と和解の噂も、振り上げた拳は下ろせるか? 告発女性の素性がSNSで暴露され…

  2. 7
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  3. 8
    「アンメット」の“三瓶先生”にハマる視聴者続出!杉咲花も惚れた若葉竜也「無愛想な魅力」の原点

    「アンメット」の“三瓶先生”にハマる視聴者続出!杉咲花も惚れた若葉竜也「無愛想な魅力」の原点

  4. 9
    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

    長渕剛が誹謗中傷に《具合が悪い》と告白…《話があるなら、来てほしい》と性被害告発の元女優に呼びかけ

  5. 10
    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ

    松本人志“性的トラブル報道”へのコメント 優木まおみが称賛され、指原莉乃が叩かれるワケ