骨髄異形成症候群との闘い…プロゴルファー中溝裕子さん移植手術を振り返る

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3年間ご飯を食べられず点滴だけで過ごした

 そうこうしていると、全身に細菌が回る敗血症にもなってしまい、いよいよ移植をしなければならないと感じました。頻繁に輸血していたことを隠していた私は、両親に本当のことを話すために滋賀に帰りました。

 その後、親方の言葉でやっと決意して骨髄移植を受けたのですが、“下準備”が大変でした。妹の骨髄を迎え入れるためには、自己の免疫力をゼロにしなければならず、免疫力をゼロにするには体の中のあらゆる細菌を排除しなければならないのです。丸刈りにしたのはもちろん、悪い歯は抜き、気管も腸管も完璧に除菌してから無菌室に入りました。

 がんを根絶やしにするために抗がん剤を2種類投与し、すぐにウオッシュアウト。今まで経験したことのない苦しさに悶絶しました。抗がん剤で死ぬかと思ったくらいです。それからやっと骨髄移植が始まります。

 無菌室は看護師さんも入れないので、胸の辺りに作ったポートと呼ばれる点滴の入り口に自分で管を差すんですよね。妹の命(骨髄)が一滴一滴入ってくると、経験したことのないだるさに見舞われました。でも無事に生着して、白血球が順調に立ち上がってくれたのです。

 ただ、拒絶反応で口腔内がひどくただれてしまい、「残念ですが、数年はご飯を食べられません」となって、3年間、1日840キロカロリーの点滴だけで過ごしました。その3年間で、移植を受けられない人や、移植後にうまくいかなかった“仲間”を何十人も見送りました。「私はどんな状態であれ生きている。食べられないくらいなんだ!」と自分を奮い立たせ、「治るにはこの状態が必要なんだ」と考えるようにしました。

 じつはドナー候補になっても家族の同意を得られず辞退される方が多いのです。骨髄と脊髄が混同して、怖いイメージが先行しているのでしょう。「正しい理解を広めなくてはいけない」と強く感じています。

 入院中、叔母がくれた絵手紙セットに前向きでクスッと笑える絵と言葉を描いて自分を励ましていたら、それを院内に張り出され、他の患者さんを励ますことにもなりました。それがすごくうれしくて、今も描き続けています。

 口から物を食べられたとき、点滴では得られなかった体の芯が温かくなる感覚がありました。食べることは命そのもの。病気は私に必要なものだったのです。こんな見た目で陽気な人間ですけれども、なにより「大切な命」のことを学びました。な~んちゃってね(笑)。

 ちなみに、一昨年は「歯肉がん」が発覚して顎の骨の半分を切除し、足の骨を顎に移植する腓骨皮弁移植をしました。今年は右目が見えるようになる移植手術をしましたが、それはうまくいきませんでした。成功していれば移植手術を3回したプロゴルファーですね(笑)。

(聞き手=松永詠美子)

▽中溝裕子(なかみぞ・ゆうこ) 1965年、滋賀県出身。23歳でプロゴルフテストに合格しツアーデビュー。26歳のときに病気が発覚するが、95年まで公式戦に出場した。現在もプロゴルファーとして活動する一方で、NPO法人「食といのちのお結び隊」の代表理事を務め、絵手紙作家としても活躍している。

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